アピタル・桜井なおみさん「がんと仕事の両立支える産業医、役割の強化できる?」 (9/27)

がんと仕事の両立支える産業医、役割の強化できる?
https://www.asahi.com/articles/ASM9P6H21M9PUBQU004.html
朝日新聞デジタル アピタル・桜井なおみ 2019年9月27日09時00分

 会社にお勤めの皆さんは、産業医に会ったことがありますか? もしくは産業医を知っていますか? 本来は働く人を支える重要な存在のはずですが、職場での認知度が低かったり、態勢が貧弱だったりしていました。働き方改革で、仕事と治療の両立支援に関心が高まっていますが、重要な役割となる産業医は変わるのでしょうか?

 そもそも産業医とはどんなことをする役割なのでしょう。

 「事業場において労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導・助言を行う医師を言います。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられています(日本医師会・認定産業医サイトから転載)」と定義されており、職場の健康管理等を行う専門的な知識を持ち合わせた医師のことを言います。

 常時50人以上の労働者を使用している職場では、産業医を選任しなければならず、労働者の6割は産業医がいる規模の職場で働いているとされています。

(「産業保健21」2018年4月・第92号 P2より)

 産業医はどれぐらいいるのでしょう。

 産業医となるには、医師であることに加えて、日本医師会や産業医科大学が主催している研修などを修了しなければなりません。厚生労働省によれば、産業医の養成研修・講習を修了した医師は約9万人いるとされています。このうち、産業医として実働している医師は推計で約3万人と言われています。

 長時間労働の是正やメンタルヘルスの管理、治療と仕事の両立支援など、産業保健に対する社会的ニーズは高くなっていますが、3万人ではまだまだ十分ではないと言われています。

多くの産業医は嘱託
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 上の図は、私たちが保険会社と共同で、がんと診断された経営者や労働者が相談した職場の相手を調べたものですが、経営者、労働者ともに、「産業医」が相談相手の上位に挙がってくることは、残念ながら少ないのが現状です。多くの産業医は「常勤」ではなく「嘱託」で企業と契約しているため、月に数回しか来社しないケースも多いのです。

 このような短時間業務の中で全ての従業員をケアすることは難しく、従業員からみれば、その存在が希薄で「何をする人か、良くわからない」など、役割が周知されていません。がん診断時に私が働いていた会社も産業医がいたはずなのですが、一度も会うことはありませんでした。

法改正で産業医の役割強化
働き方改革では、仕事と治療の両立支援も重要なテーマの一つになっていますから、これを推進するためには、産業医の存在が重要です。そこで、「働き方改革関連法」の一つとして「労働安全衛生法」が改正され、産業医の役割が強められました。

(https://www.mhlw.go.jp/content/000497962.pdf別ウインドウで開きます)

 改正によって、これからは、産業医がその役割を果たすことができるよう、企業と時間外労働時間に関する情報を共有することや相談できる環境を用意していくこと、産業医の勧告を受けてその対応をきちんと検討することなどのほか、産業医の存在を従業員に周知させていくことなどが定められています。

 電話相談を受けていても、そもそも産業医がいる規模の企業にお勤めされている方でも「産業医はいない」と言われたする方がいます。また相談できていても「薬をとりにいくだけの通院なのに産業医が復職させてくれない」などという相談内容もあります。

 産業医と労働者などをめぐる情報ギャップから様々な課題が生まれているケースがあります。

 働き方改革は健康管理と直結しますから、産業医と人事、そして、従業員との情報共有や情報共有に対する信頼関係の構築が欠かせません。法改正による役割の強化によって、今まで、何となく遠い存在だった産業医の存在が、より身近に、より経営にも欠かせない存在になることに期待をしています。

変わる産業医の学会
具体的な動きも出始めています。

 9月12日〜14日の3日間にわたり、仙台市で第29回日本産業衛生学会全国協議会が開催されました。今年の大会のテーマは「“働きたい”を支える産業保健」でした。

 学会プログラムの日程表をみると、「両立支援」や「働き方」という言葉が入ったセッションが半数以上を占めており、3〜4年前に関連学会に登壇させて頂いたときは、「産業医も産業医革命を!」と訴えましたが、その当時からは考えられないほど、両立支援に対する産業医界の意識の高まりを感じました。これは本当に「変わる!」と思いました。

写真・図版

 がん領域においては、本年6月からがんゲノム検査が保険収載されるようになり、遺伝性腫瘍(しゅよう)の未発症者も含めた遺伝子変異の保持者が分かってくるでしょう。

 一般の人よりも、「病気の発症リスクが高い」従業員の健康管理や相談対応、仕事と予後改善につながる治療(予防的治療)の実施タイミングの検討、がん治療を終えた体験者の生活習慣病予防など、産業医と医療機関が情報共有をしていかなければならない課題は多岐にわたっていくでしょう。

 医療の進歩に伴い、新しい治療方法がどんどん職場の中にも浸透してきます。「“働きたい”を支える産業保健」の輪が確実に広がっていくことを期待しています。

    ◇

 産業医が行う職務は、労働安全衛生規則第14条第1項で以下のように定められており、「従業員の健康管理の要」として位置づけられています。

?健康診断の実施とその結果に基づく措置

?長時間労働者に対する面接指導・その結果に基づく措置

?ストレスチェックとストレスチェックにおける高ストレス者への面接指導その結果に基づく措置

?作業環境の維持管理

?作業管理

?上記以外の労働者の健康管理

?健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進のための措置

?衛生教育

?労働者の健康障害の原因の調査、再発防止のための措置

*参考:「中小企業事業者の為に産業医ができること」独立行政法人労働者健康安全機構勤労者医療・産業保健部産業保健課(2019年3月発行)

<アピタル:がん、そして働く>

(アピタル・桜井なおみ)

アピタル・桜井なおみ
アピタル・桜井なおみ(さくらい・なおみ)
一般社団法人CSRプロジェクト代表理事
東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。
 

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