みわよしこさん「新型肺炎パニックで露呈した「弱者見殺し社会」の実態」 (2/28)

新型肺炎パニックで露呈した「弱者見殺し社会」の実態
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みわよしこ:フリーランス・ライター 2020.2.28 5:01 Diamond Online
ライフ・社会 生活保護のリアル〜私たちの明日は? みわよしこ

〔写真〕新型肺炎の恐怖が身近に迫る中、障害者や難病患者などの弱者は医療機関から遠ざけられ、彼らを助ける介護従事者の安全も保障されていない(写真はイメージです) Photo:PIXTA

■「首を洗って待つ」しかない? 感染に怯える重度障害者の切実

 コロナウイルスによる新型肺炎は、世界五大陸のすべてに上陸し、今後の成り行きは楽観できない状況が続いている。とはいえ、個人や世帯単位でできる対策は、手洗いと咳エチケットの徹底くらいしかない。高齢者や傷病者や障害者には、さらに深刻な影響が予想される。

 高齢・傷病・障害と関係した低収入や無収入は、おそらく、生活保護以外の選択肢がなくなる最大の背景であろう。2018年、生活保護世帯のうち54%が高齢者世帯、25%が障害者世帯と傷病者世帯であった。合計すると、約80%の世帯は「世帯主がハイリスク」ということになる。

 高齢者・傷病者・障害者が介護や介助を必要とする場合には、介護者や介助者の感染リスクも課題となる。介護労働者の労働条件は、長年にわたって問題視されているが、解決の見通しはない。しかしながら、就労によって生活保護からの脱却を目指す際に、介護職が選択されることは多い。感染リスクは、介護者や介助者の収入を減少させ、就労継続を困難にするリスクでもある。

 子ども1人を巣立たせたばかりのシングルマザーであり、重度の肢体不自由を持つKさん(女性・40代)は、新型肺炎に関する状況を「免疫力の低い人から、首を洗って待っている」と表現する。

 Kさんの生計は障害年金などで成り立っており、現在のところ、生活保護は利用していない。しかし、日常生活にも通院にも療養にも介助者を必要とする生活は、「もしも、介助者が来れなくなったら?」という不安と、常に背中合わせだ。その不安は、ときどき現実になる。

「トイレを我慢して、介助さんを15時間待ったことがあります。介助さんが来ない時間が長くなるとき、食べず、活動せず、死んだふりをして過ごすような事態は、ままあります」(Kさん)

 介護や介助を必要とする人々にとって、感染症のリスクとは、まず自分自身が感染し、重症化することにある。しかし、それだけではない。介護者・介助者が感染してしまうと、業務に就くことができなくなる。感染したり発症したりした状態で、ハイリスクの利用者をケアするわけにはいかないだろう。しかし「感染のため業務に就けない」ということは、利用者にとって介護や介助が途切れたりなくなったりすることを意味する。

「私のお願いしている介護事業所では、『家族介護の覚悟を』と呼びかけています。でも今の私は、子どもが巣立って1人暮らしなので、どうしようもありません」(Kさん)

 Kさんは、これから「籠城生活に備える」という。公共交通機関を利用して移動する介助者は、いつ勤務できなくなってもおかしくない。買い物や調理が不可能になる事態に備えて、スーパーのタイムセールの弁当をいくつか買っておくつもりだという。冷蔵・冷凍しておけば、すぐ食べられる何かがある状態を、数日間は維持できるだろう。

■「影響はない」と明るく語る 介護事業所の日常の備えとは

 介護事業者側の事情は、地域や対象や事業者によって大きく異なる。

 東京都内で居宅介護の介護事業所を運営するYさん(女性・40代)は、「利用者さんたちもヘルパーさんたちも比較的若いせいか、今のところ、影響は何もありません」という。

 Yさんの事業所のヘルパーの主力は、30代と40代だ。背景の1つは、人工呼吸器装着者などに対する、専門性とスキルを求められるケアに特化していることだ。利用者は、就学前の子どもから70代まで広く分布しており、おおむね半数が65歳以上である。その人々は、高齢者かつ重度障害者である。ハイリスク群の中のハイリスク群だ。

 しかし、Yさんの語り口は明るい。「居宅介護は、施設に比べればまだマシです」という。ハイリスクの人々を集めた施設は、クルーズ船と同様、集団感染のリスクを高めてしまう。入院すると、院内感染のリスクも高まる。容態が急激に変化することもある幼少の子どもを除くと、入院が好ましい選択肢とは限らない。

「とにかく、ご家族もヘルパーも含め、周囲の人間が注意し、情報を正しく早く理解することでしょう。万が一のときは、できるだけ早く主治医に連絡して指示を受け、連携機関にも連絡することでしょう」(Yさん)

 寺田寅彦の「正しく恐れる」という言葉を現実化すると、このような対応となるのかもしれない。

 なお、マスクや消毒用品は、Yさんの事業所でも不足気味ではある。しかし、ヘルパーたちが各自で持っていたマスクの備蓄、普段から利用者たちが自宅に用意していた消毒用品の備蓄があり、「当面は問題なさそう」だということだ。

 そんなYさんが現在困惑しているのは、メディア報道だ。

「不要な情報を流して騒ぎを煽ることは、避けてほしいですね。特にテレビのワイドショーで、発症者についての話題が続いていると、そう感じます」(Yさん)

 正しい情報や、世の中が必要としている情報も、もちろん伝達されるだろう。しかし、そういう場面での発言には、出演者本人の感情や憶測が追加されがちだ。視聴者が「タレントXさんの今の発言について、まずは厚労省のホームページをチェックして」というリテラシーを持っているとは限らない。

■生活保護で暮らす難病患者が医療からも遠ざけられる現状

 本人と周辺の人々が十分に注意を払っていても、感染は起きるときには起きてしまう。現在のところ、筆者の直接知る範囲には、新型肺炎の罹患者はいない。しかし生活保護の場合、受診のハードルは普段から高い。新型肺炎は、ハードルをさらに高くしてしまっているようだ。

 子どもの時からの難病を持つAさん(女性・40代)は、生活保護のもとで毎日24時間の介助を受けながら、1人暮らしをしている。

 今月半ば、Aさんは風邪を引いた。新型肺炎の感染が拡大し始め、マスクがほぼ入手できなくなっていた時期だった。そして、実質的な医療拒否に遭った。

「37.8度の発熱があり、咳がありました。まず保健所に電話をかけて問い合わせたのですが、『だるさや食欲減退がないので、対象外』ということでした」(Aさん)

■基礎疾患があるため厄介払いされた可能性

 基礎疾患を抱えているAさんは、風邪が気管支炎に発展しただけで、生命に関わる事態となる。そういうときの頼みの綱は、近隣の大学病院への入院だ。Aさんは外来窓口に電話したが、その日は満床で入院は無理だと告げられた。外来には、かかりつけ医院の紹介状が必要であるという。もちろん、かかりつけ医院は紹介状を用意した。

「でも受付からは、診察できるかどうかの判断のために、まず紹介状の原本を持ってきてほしいと言われたんです。『FAXではダメ』ということでした」(Aさん)

 困り果てたAさんは、結局、普段の電動車椅子ごと母親の運転する自動車に乗せてもらい、実家の近くにある医院に行った。結果的にAさんの風邪は、気管支炎や肺炎に進展せず、風邪のまま軽快した。しかし気になるのは、頼みの綱だった大学病院の受付窓口の対応だ。

「タイミングがタイミングでしたし、基礎疾患があると言ったものですから、『なるべく病院に来ないでほしい』と厄介払いされてしまったのかもしれませんね」(Aさん)

 Aさんが、もしもインフルエンザやコロナウイルス肺炎に罹っていたら、大学病院の受付の指示の通り、かかりつけ医院に紹介状を取りに行ったり、大学病院に持っていったりするだけで、他の人に感染させるリスクを高めることになったかもしれない。

 ちなみにAさんは、「もしかすると、生活保護だから意地悪されたのかも」とも感じている。普段は差別的な対応をすることのない機関で、混乱時に差別が表面化することは、よくあることではある。平常モードに戻った後も、差別された側は心の傷を疼かせ続ける。

「こういうことは全国で、他にも起こっているのではないでしょうか。今はまだ、実家の家族が助けてくれますが、両親も高齢になっています。自動車の運転ができるのは、向こう数年でしょう」(Aさん)

■「大丈夫、生活保護があるから」 そう言える社会が必要では

 本記事の執筆中だった2月27日、政府は全国の小学校・中学校・高等学校に対し、休校を要請した。新型肺炎対策として、なるべく外出を避けることは、2月半ばから政府が要請し続けている。なるべく外出を避けるのであれば、買い出しが必要だ。

 しかし生活保護世帯は、おそらく買い出しからも出遅れているだろう。給与生活者にとっての月末は給料日から間もない時期だが、生活保護世帯にとっては、1カ月の中で最も「カネがない」時期だ。保護費の給付は、毎月初めである。

 また、一般人にできる新型肺炎対策の1つは手洗いだが、障害や疾患によってできなかったり、介助がないとできなかったりする人々もいる。結果として感染すれば、世の中に感染リスクを広げることになる。

 私たちは、目の前で福祉を削減され続けた果てに、あまりにも脆弱な社会をつくってしまったのではないだろうか。新型肺炎は、そのことを露呈させたのではないだろうか。

「いざというとき」の備えやセーフティネットがあり、「正しく恐れる」ことのできる社会をつくるために、生活保護の価値は大いに見直されてよいはずだ。

(フリーランス・ライター みわよしこ)

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【Twitter】 稲葉剛@inabatsuyoshi
「私たちは、目の前で福祉を削減され続けた果てに、あまりにも脆弱な社会をつくってしまったのではないだろうか。新型肺炎は、そのことを露呈させたのではないだろうか」
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