中村智彦さん「最低賃金・東京と神奈川で初めての1,000円超え〜首都圏と地方の差は時給200円!」(10/1)

最低賃金・東京と神奈川で初めての1,000円超え〜首都圏と地方の差は時給200円!
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20191001-00144880/
中村智彦 | 神戸国際大学経済学部教授 2019/10/1(火) 6:01

賃金差は働く者にとって重要だ(画像・筆者撮影)

・東京都と神奈川県では、時給1,000円代の大台に

 消費税増税ばかりが話題になっているが、この10月からもう一つ、経営者にとっては大きな問題がある。それは最低賃金の上昇だ。2000年には、659円だった全国平均の最低賃金は、2008年に703円、2016年には823円と上昇し、2019年度は901円となる。

 最低賃金の平均は、2018年度は時給874円だったが、この10月からは27円引き上げて時給901円になる。ここ数年、年3%の引き上げが続いており、東京都では1,013円、神奈川県では1,011円と遂に1,000円の大台に乗った。

・時給を引き上げる必要がある企業は、神奈川県では6割強

 10月から最低賃金が引き上げられることによって、アルバイトなどの時給の引き上げが必要となる企業はどれくらいあるのだろうか。株式会社アイデムが2019年9月12日に発表した『「地域別最低賃金」改定によるパート・アルバイトの募集時時給への影響に関する調査』によれば、パート・アルバイトの募集時賃金が,今回改定された2019年度の「地域別最低賃金」を下回る募集データの割合(改定影響率)は、神奈川県が62.55%で最も多く、次いで東京都の46.42%、大阪府の43.64%の順となっており、他の道府県でも20%から30%とばらつきはあるものの多くの企業に影響する。しかし、実際には業種は地域によって影響する割合は異なっており、全体的にみるとサービス・小売業で最低賃金引上げによって、時給を引き上げねばならない企業が多く、特に地方の個人経営や中小企業では、全国チェーンの大手流通・小売業との競合があるため、その影響は大きいと考えられる。

 それにしても、「最低賃金が1,000円を超えたということで、ますますアルバイトの確保が難しくなるのではないか。うちのような家族経営でやっている飲食店などでは時給1,000円でアルバイトを雇うというのは、経営的に厳しい状況」という飲食店経営者の意見のように、すでに中小企業や家族経営では、すでに「募集しても人が来ない」状況になっており、今回の引き上げでさらに厳しさが増すことも考えられる。

・地域の格差も

 最低賃金は、都道府県別に定められており、今回の最高は東京都の時給1,013円、青森県や秋田県などの790円と200円以上の差がある。「200円差があると、1日8時間働いたとして1,600円も違う。20日働けば、32,000円の差になる。いくら地方は物価が安いからと言っても、かなり大きい。求人する側としては、深刻だ。」と東北地方の中小企業経営者は指摘する。(⇒最下段の表を参照)

 「移住定住促進をしていて、地方だから給料は安いのは仕方ないという論法では、若い人たちを引き付けるのには限界がある。Uターンで実家があるとか、土地や建物といったベースになる資産がある人は、家賃もいらないし、やっていけるかも知れないが、みんながみんなそうではない。都会と地方では給与も安いが、生活費も安いと言っても、そんな単純な問題ではない」とやはり東北地方で企業誘致や産業振興を担当している地方自治体職員は言う。さらに続けて、「よく地元の高齢の中小企業経営者が、最低賃金を上げられたら経営なんかやってられない。地方なんだから安い賃金で若い連中も我慢しろと言う。しかし、その同じ口で、うちの息子や娘は地方じゃ給料が安いと言って帰ってこないと嘆いている。それじゃ、なにも変わらない」と苦笑する。

・20〜24歳の女性の東京流入が進んでいる

こうした若者たちの流出を顕著に表しているのは、実は女性の動向だ。グローバル都市不動産研究所が発表した東京都への人口流入について分析によると、東京都に20〜24歳の女性が多く転入している点を指摘している。人口の変化を見ても、東京都は1997年以降、22年連続で転入超過しており、東京都以外の三大都市圏である大阪府および愛知県の転入超過数は2009年以降1万人を超えることがなく、東京都への人口集中が加速している。

 さらに東京都への転入超過数は2012年以降、急激に増加している。注目されるのは、1997年以降の男女の転入超過数はほぼ同数だったにも関わらず、2009年以降になると女性が男性を大幅に上回るっている点だ。

 東京都への転入・転出超過数を年齢階層別では、大学や就職による上京が影響し、15〜29歳の年齢階層が大きく転入超過となっている。そして、これが卒業した後に地方に帰るのであれば、問題は大きくないのだが、20〜24歳の年齢階層でも東京への転入超過が続いている。つまり、地方の大学や専門学校を卒業してから、首都圏に就職で引っ越す人たちが多いのである。さらに、この年齢階層の女性を中心に転入が年々増加しており、転入超過数でみても女性(30,667人)であり男性(25,216人)を大きく上回っている。この20〜24歳の女性の転入が、東京都への転入超過数増加のカギとなっていると言える。

・女性の流出が衰退を加速する

 中部地方の女性経営者は、「せっかく理工系の大学を出た女性がいても、地元の企業はいまだに男性優位主義だ。優秀な女性がいても、東京に本社のある会社へ就職し、地元から出ていく。自身も経営者として、様々な集まりなどで発言するが、男性優先の発想が抜けない経営者が多いのが問題だ」と言う。また、北陸地方の自治体職員は、「20歳代の女性が流出すると、結果として未婚率が上昇する。少子高齢化に歯止めをかけるには、女性たちの流出を止めることが重要なのだが、この問題に着目する人が少ない」とも言う。

・最低賃金がさらに地方からの流出を進める?

 「これ以上、賃金水準が上昇したら、経営ができなくなる。消費税引き上げにしても、中小企業いじめではないのか。」近畿地方の中小企業経営者はため息をつく。さらに、「しかし、東京に比べて土地が安い、賃金が安い、だから安くできるということで、安さだけを売りにしてきた経営が限界に来たということだ。安さだけなら、日本の地方よりも海外から買ったり、作れば良いという時代だ」とも言う。

 東北地方の経営者は、「経営者の集まりに出ると、最低賃金を上げて払えない会社は潰れろと言うことかと怒る経営者もいる。しかし、時代の中で求められている賃金を支払えない企業は消えていく。少子高齢化の中で労働力は不足するのは当然で、経営者としては努力して、少しでも都市部の賃金水準に近い給与を支払えるようにするしかない」とも言う。

 「最低賃金で時給200円以上も差があれば、若い人たちの中には大都市に出ていく人がいるのは仕方ない。けしからんとか、郷土愛はないのかとか、都会のなにが良いのだなどと情緒的な批判をしたところで、なにも変わらない」と東北地方の自治体議員は言う。若い世代を批判する前に、地元に残っている中高年の経営者たちが発想を変えなければ、若い世代の流出は止められない。「地方だから最低賃金も低い、給料も安い、仕方ないから我慢しろで、若者が納得するだろうか」ともこの議員は言う。

 都会並みの給与を出すか、それとも給与格差以上の魅力があるか、いずれにしても、この最低賃金引上げは、消費税増税と同時に多くの企業経営者に問題を突きつけることになるのは間違いない。 

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