企業がためこむ内部留保が「463兆円」で過去最高、課税して国民に還元できないのか
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2019/10/17(木) 9:01配信税理士ドットコム
企業がためこむ内部留保が「463兆円」で過去最高、課税して国民に還元できないのか
〔グラフ〕法人企業統計より、各年度を比較(金融・保険業除く)https://rdsig.yahoo.co.jp/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9oZWFkbGluZXMueWFob28uY28uanAvaGw_YT0yMDE5MTAxNy0wMDAwMDg1MC16ZWlyaWNvbS1idXNfYWxsLnZpZXctMDAw;_ylt=A2RhPZ9PtKddrjsANcEEl.Z7
2018年度の「法人企業統計」(財務省)によると、企業が蓄えた内部留保に当たる「利益剰余金(金融・保険業を除く)」は、前年度比3.7%増の463兆1308 億円でした。利益剰余金の額は、7年連続で過去最高を更新しています。
政府・日銀は、2013年から「量的・質的緩和」によって、マネーを市場にどんどん放出させ、設備投資の増大や賃金上昇による消費の拡大によって景気の回復と2%の物価上昇を目指しました。
しかし、思うようには進まず、消費者物価指数は、「生鮮食品を除く総合」で、年平均(前年比)は、2016年が「▲0.3%」、2017年が「0.5%」、2018年が「0.9%」にとどまっています。
うまく行かなかった原因は、2014年の消費税の増税「5%→8%」、2015年からの円高 、2016年の原油安 があります。この他、原因のひとつに言われているのが、「企業が賃金を上げず、内部留保しているからだ」というものです。そんなことから、内部留保に課税すべきではないかとの議論があります。果たしてこの議論は妥当なのでしょうか。(ライター・メタルスライム)
●内部留保とは?
企業は、商品やサービスを提供して「収益」を得ます。そして、収益を得るために必要となる原価、人件費、賃貸料、水道光熱費などの「費用」を差し引きます。それが企業の「利益」となります。そこから税金を差し引いて、配当した残りが「内部留保」としてストックされます。おおまかな理解はこれで十分です。
会計的には、法人税等が差し引かれて最終的に残ったものが「当期純利益」ですが、そこから株主に配当として配分された残りが「内部留保」となります。損益計算書は単年度の分だけになりますが、それが累積的に溜まったものが、貸借対照表の「利益剰余金」として表示されます。この利益剰余金の日本の全体の額が冒頭で述べた「463兆1308 億円」になります。
●株式配当は増えるけれど、実質賃金は横ばい
これだけ多額の内部留保がありますが、株式配当は2013年以降順調に増えています。一方、物価上昇率を加味した実質賃金は、2013年以降ほぼ横ばいです。つまり、企業は儲かっていて、その利益はしっかり株主には還元されているけれども、従業員の賃金だけは据え置かれ、その分が企業の内部留保として貯まっているということです。物言う株主には利益を還元するけれども、文句を言わない従業員には還元しないという企業の姿勢が伺えます。
本来、内部留保の目的は、将来の損失に備えたり、多額の設備投資に備えたりすることですが、明確な目的もなく漠然とした不安があるので、内部留保として溜め込んでいるというのが実態だと思います。これは極めて問題だということで、内部留保に課税をすれば、それを避けるために、賃金を増やしたり、設備投資したりするのではないかということが議論されているわけです。
●内部留保課税に対する「二重課税」批判
内部留保課税で問題になるのが「二重課税」だという批判です。内部留保に回る利益は既に法人税が引かれた後の残りです。それに更に課税するとなると、二重課税になるからです。個人でたとえるなら、給与から所得税が源泉徴収されて残ったお金でやりくりしながら、余った分を貯金したら、お金を使わないのは経済に良くないということで貯金に対して税金を課すようなものです。
また、内部留保に課税すると、設備投資の原資が減り、借入金に頼らざるを得なくなるため、真剣に設備投資を考えている企業が、積極的に設備投資ができなくなるという懸念があります。
これらのことから、内部留保課税は簡単には導入できないのです。ただ、例外的に日本でも内部留保課税が認められる場合があります。それは、「特定同族会社の留保金課税」というものです。
簡単に説明すると、たとえば、社長が一人(100%株主)で経営している会社があるとして、会社が配当または役員報酬としてお金を会社から社長に移転すると、そこで税金が発生します。これを回避するため、会社に内部留保している場合、課税するというものです。このケースでは、社長と会社は実質的に同一なので租税回避させないために例外的に認められるものです。
留保金課税は、アメリカや韓国でも導入されています。韓国は大手企業の内部留保吐き出しを目的とした留保金課税を期限付きで導入しています 。アメリカは、営利法人に対し、合理的必要性もないのに配当せず留保している場合、租税回避目的として課税しています。
韓国における留保金課税導入の結果としては、配当の増加には回ったものの賃上げには結びつかなかったとされています。韓国の場合、二重課税という点については、政策的なものとして期限を定めて実行していることで批判を回避していると考えられます。
アメリカで留保金課税が認められているのは、法人の性質を実在するものとして考えているからです。配当すると株主に所得が発生するように、内部留保した場合、法人の所得と考えるわけです。また、会社側が事業のために必要であると立証できれば課税されないので、設備投資の減少にも配慮しています。
これに対し、日本の税制は、法人を株主の集合体と考える法人擬制説に近いものになっています。そのため、株主に配当しても完全には課税せず、二重課税の調整として配当控除を認めています。法人税についても法人が支払うということではなく、株主に対する所得税の前取りと考えられています。そのため、日本においては、内部留保に課税することはアメリカと同様には論じられません。
●内部留保に対する課税ではなく、明確な将来ビジョンを示すことが必要
日本において、実質賃金が上昇していないというのは大きな問題です。ただ、その方法論として内部留保に課税するというのは、韓国の例を見てわかるように効果的とは思えません。
そもそも企業が内部留保しているのは、漠然とした不安があるからであり、税金を意識するのであれば、法人税を回避するために、とっくに賃金を引き上げているはずです。内部留保課税で高い税率を掛ければ、おそらく配当は増えるでしょうが、賃金はそれほど上がらないと思います。なぜなら、賃金というのは一度上げると下げるのが非常に難しいからです。景気がいつ後退するかわからない状況で、重い固定費である賃金を企業は簡単には上げません。
このように、企業が賃上げについて消極的というのもありますが、日本の賃金が上がらない原因は、労働者側にもあります。組合が賃上げについて消極的で、従業員が、賃金が安くても会社を辞めないからです。優秀な人材が、給与が安いとして次々と転職する状況であれば、企業はそれを食い止めるため賃金を引き上げ、また、引き抜く企業はそれを上回る賃金を示すよう競争が生まれ賃金が上昇するからです。
ところが、日本では、終身雇用のもと新卒で就職した企業に一生勤務し続けることが良いとされていることもあって、転職市場が発達しておらず、会社に不満があっても従業員は簡単には辞めません。特に大企業の場合、それにあぐらをかいていて、従業員を軽視する傾向にあり、若い人は安月給でこき使われるのが常となっています。これでは、賃金が上昇するはずがありません。
政府が賃金の上昇を真剣に考えるならば、内部留保金課税を考えるよりも、雇用の流動化について生産性の高い分野に人材を送り込めるような仕組みを考え、転職によって賃金が上がっていくような競争原理のある労働市場にすることが求められます。また、企業が安心して賃上げできるように、具体的な景気の動向も含め将来ビジョンをしっかりと示すことが必要なのではないでしょうか。
(税理士ドットコム トピックス)
弁護士ドットコムニュース編集部