藤田和恵さん「手取り15万円を超えられない47歳男性の深い闇 30歳から非正規雇用の仕事を転々としてきた」 (1/10)

手取り15万円を超えられない47歳男性の深い闇 30歳から非正規雇用の仕事を転々としてきた
https://toyokeizai.net/articles/-/323291
藤田 和恵 : ジャーナリスト 2020/01/10 5:40 東洋経済オンライン

〔写真〕30歳を過ぎてから、非正規雇用の仕事を転々としてきたケンタさん。努力・自己研鑽のうえ、働き続けられると思っても、雇い止めの繰り返し。彼の「社会への恨み」とは(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

■自己肯定感なんてゼロ

非正規労働者の「非」も、就職氷河期の「氷」も。これらの字を目にするだけで苦痛だと、ケンタさん(仮名、47歳)は言う。ただただ怒りや悲しみ、虚しさが募るのだと。

30歳を過ぎてからは、非正規雇用の仕事を転々としてきた。「努力も、自己研鑽もしました。でも、ここなら働き続けられると思ったら、雇い止め――。これの繰り返しです。(手取りで)15万円の壁が超えられない。自己肯定感なんてゼロです。自己責任というなら、お願いですから、誰か20万円稼げる方法を教えてくださいよ」。

30歳のとき、大手飲料メーカーの子会社に契約社員として入社。営業を担当し、自家用車でスーパーなどを回った。しかし、1日に何度も重いケースを上げ下ろししなければならず、椎間板ヘルニアを発症。5年足らずで雇い止めにされた。

しばらくアルバイトで食いつないだ後、別の大手飲料メーカー子会社に就職。雇用条件は「3年更新の契約社員で、3カ月空けて再契約することができる。正社員登用あり」だった。腰の調子もよく、「定年まで働き続けるつもりでした」。しかし、折あしくリーマンショックに遭遇。1回目の期間満了前に「次の更新はない」と告げられた。このとき、上司はケンタさんにこう説明したという。

「コンビニとか、タクシーとか、便利なものは高いでしょ。君たちの給料が高いのは、短期間だけど、その間にちゃんと稼いでもらうためでもあるんですよ」

最初は意味がわからなかった。しかし、後になって「お前たちは使い捨てできる便利な労働力だから、その分、高い給料を払っているんだ」という意味だと理解した。「いずれ路頭に迷うのかと思うと、仕事への意欲が失せました。給料ですか? 自家用車の維持費を含めて29万円くらい。言われるほど高給じゃありません」。

そもそも、会社はケンタさんを本当に雇い続ける気があったのか。「3カ月空けての再契約」は、非正規労働者をいつでも雇い止めにできるようにしたい会社の典型的な手口だ。ましてや正社員になれた人などいるのだろうか。私がそう尋ねると、ケンタさんはこう答えた。「過去10年間で、全国の契約社員の中から1人だけ正社員になった人がいると聞いています。毎日早朝から夜遅くまで残業する、伝説の契約社員として有名な人でした」。

このときの雇い止めが原因で、ケンタさんはメンタル不調に陥ってしまう。病院で、うつ病と診断された。さらに、別の大手飲料メーカー子会社の契約社員になったが、うつ症状がぶり返し、1年もたなかったという。

■食べていけるだけの給料が欲しかった

その後は大手自動車メーカー系列の販売店で、洗車を担当するパート社員になった。ここでは、まじめな仕事ぶりもあり、正社員との関係も良好だった。顧客から洗車が丁寧だと感謝されると、整備士たちは必ずそれをケンタさんの耳にも入れてくれたという。

問題は給料の低さだった。毎月の手取りは14万円ほど。年末年始やゴールデンウィークなどの大型連休時に店舗が休みになると、手取りは10万円を切ることもあったという。

とても暮らしていけない――。大型連休中に数日でいいから、別の年中無休の系列店で働かせてもらえないかと、上司に直談判したが、色よい返事はもらえなかった。やむをえず、パン工場でアルバイトを始めたが、洗車は基本中腰、パン工場は常時立ちっぱなしということもあり、体がもたなかった。しんどさのあまり、アルバイトを辞めてみたら、危うくその月の家賃を滞納しかけたという。

体がボロボロになるまでダブルワークをするか、家賃を滞納してでも洗車1本でいくか――。悩んだ末、洗車の仕事を辞めて別の仕事を探すことにした。

「働き続けたかったです。仕事は評価されていたと思います。辞めると言ったとき、上司は引きとめてくれましたから。だったら、食べていけるだけの給料が欲しかった……。パートは、事務職も、洗車担当者も、みんな同じような待遇でした。以前、パートが何人か集まって、給料を上げてほしいと、上司と交渉していたのを見たこともあります」

〔写真〕洗車で働き続けたかったが、食べていけるだけの給料をもらえず、悩んだ末に退職したケンタさん(筆者撮影)

その後、ハローワークで1年更新で60歳定年という仕事を見つけたので、面接を受けたところ、その場で契約期間は最長5年と告げられた。ケンタさんは、5年を超えて働くと、無期雇用になれるという労働契約法18条について知っていた。面接官にも、ハローワークの担当者にも「この条件はおかしいのでは」と訴えたが、いずれからも聞き流されて終わりだったという。

もともとかかりつけの精神科医からは「まだ仕事をするのは早い」と止められていたところを、将来への不安と焦りから、無理をして就職活動をしたのだった。定年まで働けると期待して応募したのに「いつ捨てられるかわからない」と思うと、再びメンタルが悪化。ここでは2カ月ももたなかった。

これが、ケンタさんの30歳以降の“キャリア”である。ケンタさんが正社員なら、腰痛やうつ病で即失業ということはなかっただろう。また、「3カ月空けての再契約」や「5年で雇い止め」は、会社による脱法行為である。

新しい働き口はすぐに見つかるわけではなかったから、断続的に生活保護も利用してきた。「生活保護をもらうのは恥ずかしいという気持ちはあります。でも、もっと恥ずかしいのは、目いっぱい働いても、身体的、精神的に限界まで働いても、収入が生活保護(水準)に届かないことです」とケンタさんは言う。

ところで、ケンタさんは30歳になるまで、何をしていたのだろう。

ケンタさんの父親は、東京都内で小さな会社を経営していた。ケンタさんは高校卒業後、電気設備工事の施工図などを書く仕事に就いており、25万〜30万円ほどの月収を得ていた。しかし、そのころ、父親の会社の資金繰りが悪化。両親から頼まれるまま、給料のほとんどを手渡し、さらには消費者金融から借金もした。しかし、結局会社は倒産。ケンタさんに残されたのは、400万円を超える借金だった。

「お金の無心をしてくるのは、いつも母でした。私が借金の額を尋ねても『お母さんを信じてくれればいいから』『これで最後。これで何とかなるから』と言うばかりで……」

終わりの見えない借金地獄に、ケンタさんは勤怠が不安定になり、そのたびに転職を繰り返した。結婚するつもりで付き合っていた女性とも、借金が原因で別れたという。不幸な環境だとは思うが、断るべきは断らないと、会社を転職しても、問題は何1つ解決しなかったろう。貧困の連鎖を断ち切る機会は、ケンタさんにもあったのではないか。私の疑問に、ケンタさんはこう答えた。

「親を信じた私がばかでした。正直、親のことは恨んでいます。ただ……。父は私にも、母にも暴力をふるう人でした。母はかわいそうな人でもあったんです。私には母を見捨てることができませんでした」

父親はすでに他界。晩年は絶縁状態だったが、仕事を転々とするケンタさんのことを「甘えている」「努力が足りない」と批判していたという。母親からは、数年前に口論になった際、初めて「私たちがあんたの人生を狂わせてしまった」と言われたという。

ケンタさんは最後は自己破産を選択。ちょうど30歳になる直前のことだった。人生の再スタートが切れると思ったが、その後の“非正規人生”はすでに書いたとおりである。30歳を過ぎてからの再チャレンジを、社会は許してはくれなかったということだ。

■政府は守ってくれず、食事に気を遣う気力も余裕もない

政府は現在、就職氷河期世代を対象とした就労支援プログラムを実施している。しかし、ケンタさんは「私のような40代後半は対象外です」という。実際に昨年、兵庫県宝塚市が募集した就職氷河期世代の正規職員の対象は「36〜45歳、高卒以上」だった。

確かに、政府の資料を読むと、就職氷河期世代とは「2019年4月現在、大卒で37〜48歳、高卒で33〜44歳」とある。厳密な話をするのであれば、ケンタさんの最終学歴と年齢は、ぎりぎり“定義”から外れてしまう。

取材で出会ったケンタさんは大柄な人だった。身長180センチ、体重100キロ。しかし、体重のベストは75キロだという。今度こそ働き続けられると期待しているときは、食生活にも気を遣うので健康的にやせる。しかし、その期待が裏切られるたび、食事に気を遣う気力がなくなり、太ってしまう――。その繰り返しだという。

「最近はパンか、うどんか、パスタか、お米でお腹が膨れればいいという感じです。それがいちばん簡単だし、安いですから。そもそもたいして生きたいとも思ってない人間が、なぜ食事をしないといけないのか。安楽死できないかと、毎日本気で思っています」

今日日(きょうび)、貧困層ほど糖尿病が多いことはデータでも裏付けられている。食事が安価な炭水化物に偏りがちだからだ。以前、片山さつき参議院議員が週刊誌の対談で、食事に事欠いている貧困層などいないという文脈の中で「(日本は)ホームレスが糖尿病になる国ですよ」と発言していたのを読んだが、あらためて見当違いも甚だしいと思う。

ケンタさんに言わせれば、ジム通いをして体重管理をしたり、食事のバランスに気を配ったり、炭水化物抜きダイエットをしたりできるのは、「神話の世界の人」だという。

ケンタさんは、今はビル清掃の仕事をしている。実は毎月の収入は20万円ほどだという。しかし、契約形態は雇用ではなく、業務委託。最近、増えつつある“名ばかり事業主”である。究極の不安定労働でもあり、いつクビになるかわかったものではない。

昨年のラグビーW杯の日本チームによる快進撃も、年末年始のバラエティ番組も、今年の東京オリンピックも、ケンタさんは、明るい話題は見るのも、聞くのも嫌だという。

「ただただ社会への恨みが募るだけです」

 

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