34歳女性首相を生んだフィンランドに女性管理職が多い理由
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2020.1.29 渥美 志保 mi-mollet
昨年末に史上最年少の女性首相が誕生したフィンランド。女性が、それも34歳の若さで国のトップになったことは、世界中で話題をさらいました。
今回お話を伺ったのは、その国で5年間を過ごし、現在はフィンランド大使館の広報を担当される堀内都喜子さん。著書『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』は、そのタイトル通り午後4時に終わり、一ヶ月の夏休みを過ごすフィンランドの暮らしや、働き方について書かれた本。女性だって、もっと働きたいし、もっと休みたいーー日本人が憧れるワークライフバランス実現の裏には、どんな考え方があるのでしょうか?
〔写真〕堀内都喜子 長野県生まれ。大学卒業後、日本語教師等を経て、フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院に留学。異文化コミュニケーションを学び、修士号を取得。フィンランド大使館広報部に勤務しつつ、フリーライターとしても活動中。
■フィンランドに行って自分の年齢や性別を意識しなくなった
大学時代の交換留学で行った中国で、同じ寮に住むフィンランド人と友人になった堀内さん。初めて訪れた北欧は、美しい夏の季節。サウナに呼ばれ、湖に飛び込み、森でブルーベリーを摘み、「フィンランドでは、夏休みは一ヶ月」という驚きの事実を知ります。その後、当地の大学院に留学し過ごした5年間で、最も変わったのは「年齢や性別というものを、どんどん気にしなくなっていったこと」。
「私の実家は長野の田舎街で自営業をしていました。フィンランドに行く以前は、学校を卒業したら就職し、30歳くらいまでにお婿さんをとって家業を継ぎ……と、小さい頃から親に言われてきたままの人生をイメージしていたんです。だから留学した自分に、少し罪悪感があったんですよね。友達の中には『20歳半ばを過ぎてまだ働いていないの?』という厳しい人もいたし(笑)」
フィンランドでは、女性が家庭もキャリアも持つのは至って普通のことだし、他人の結婚や年齢について物申してくる人もあまりいません。「年齢や性別に限らず、やりたいことがあるなら勉強すればいい」という感覚も当たり前で、大学には20代から50代まで幅広い年齢層の生徒がいたそうです。
「“女性だから”“何歳だから”という考えは一気に吹っ飛びました。自分に対しても、他人に対しても、『決められたレールを外れて生きてもいいんじゃない?』と思えるようになりましたね」
東京に戻ったのは、フィンランド系企業の日本支社で「働かないか」と声をかけられたから。ところが、外資系とはいえ日本人が99%の会社で、その文化の違いには衝撃を受けたといいます。
「エンジニアリング系の会社で男性社員が多く、“女性はアシスタント”という感覚があって。私はマーケティングの職で入ったのですが、何か意見を言うと『え?アシスタントが?』みたいな空気になるんですよ。アシスタント、アシスタントと言われ続けていると、そのうちにこちらも“でしゃばっちゃいけない”という気がしてくるし。
年配の男性社員と一緒に出張に行った翌朝、『夜はどうだったの〜?』と言われたり、クライアントの担当者に『何歳?』『結婚してるの?』なんて聞かれたりしたことも。みなさん悪気はないんですよ、でも最初は本当に悩みましたね」
ちなみに、堀内さんは今の職場で、自身の家族構成などを尋ねられたことすらないそうです。もちろんそういう話題になって自分から触れることはありますが、それ以上に踏み込まれることはありません。
■“スルー”されない社内レクリエーション
著書に書かれているフィンランドの会社文化で面白いなと思ったのは、なんだか「昭和の日本」にどこか似ていることです。例えば勤務時間中に始まるエクササイズは、古式ゆかしいラジオ体操の時間のようだし、社員が仕切るボーリング大会などのレクリエーションや、サウナでの裸の付き合いも、似た匂いがするような……。日本では平成の頃には「苦痛」になったこうした会社文化が、フィンランドではなぜ機能しているのでしょうか。
「社内の様々な関係性がオープンで対等で、同時に個人の意思が尊重されているからでしょうか。フィンランドの会社の上司と部下の関係は、上下関係ではなく、基本的に対等なんです。普段からある程度、言いたいことを言い合えるし、上が命令し下は従うのみという関係ではないから、一緒に過ごすことが苦痛じゃないんですよね。交流はプライベートを邪魔しないよう“夜の飲み会”でなく、ランチやコーヒーブレイクなどの勤務時間内。レクリエーションも休日でなく、勤務日にやります。もちろん、どれも参加したくなければしなくても構わないし、それをとやかく言われることもありません。本当の意味で、本人の意思で決められるのがいいんでしょうね」
■仕事の「効率」に関する考え方も随分違うようです。
「日本では「長時間労働=仕事をやっている」という見方もあるようですが、「効率的に働くには心身の健康が最重要」と考えるフィンランドでは「長時間労働=非効率的」。上司が唯一部下を管理しているとすれば、それは彼らの心身の健康に気を配ること。そうでないとサステナブルに働くことなんてできないし、環境が悪ければフィンランド人はさっさと辞めてしまうので、いい人材を確保できません」
こうしたワークライフバランスの考え方は、あらゆる業種、職種に徹底されています。そうはいってもお医者さんは、そうはいっても学校の先生は、という例外はありません。
「もちろん不便なこともありますよ。でもスーパーが日曜休業と分かっていたら、それ以外の日に買えばいいし、医療従事者も夏休みを取るのだから、緊急以外の検診などはそれ以外の季節に予約すればいい。日本のように「いつでも、どこでも、なんでも」という生活は便利ですが、そこまで便利じゃなくても生きていけますから。自分だってゆっくりお休みをとりたいのだから、そこはお互い様と思わないと」
レジ打ちの女の子が教育を受けて首相になれる国
昨年末は、史上最年少34歳の女性サンナ・マリンさんが首相になったことも話題のフィンランドですが、実は女性の首相はすでに3人目。現在は国会議員の46%が女性で、連立政権に参加する党の党首は、首相の党以外は全てが女性、うち3人が30代前半です。
「彼女が首相になったことに、性別は何の影響もしていないと思います。そもそも彼女は、ここ数年党のナンバー2だったので、自然の成り行きという感じ。むしろフィンランド人は、世界から注目が集まったことを驚いています。普段は『この国ってEUだったっけ?』という扱いのフランスが、いまや『フィンランドの女性首相の話題でもちきり!』だと聞き、喜んでましたね(笑)。ただフィンランドが推し進めてきた【男女平等】を、世界に実証できた、それを誇らしく思ってはいますね。もちろん彼女には、国内に山積みの問題を解決し、頑張ってくれることの方が大事ですが」
若くて優秀な女性たちが国のトップに並ぶことに、恐怖を感じている男性がいることも否定はできない、と堀内さん。でもそれを人前で口にすれば、周囲は「なんという時代錯誤」と眉をしかめる。そうした社会的なコンセンサスができているといいます。
「エストニアの内相が『レジ係が首相になった』と発言していましたよね。それに対し、首相自身はツイッターで、『フィンランドのことを凄く誇りに思う、なぜならレジ打ちの女の子が教育を受けて首相にまでなれるのだから』と応じていました。フィンランド人が大事に思っているのは、まさにここ。彼女は、同性カップルを両親に持ち、貧困というマイナス環境にも打ち勝ってここまで来たわけで、それは福祉や教育が公正になされているということなんです。日本メディアの中には<美人><若い>という点ばかり言及するところもありますが、フィンランド人からすると『は?』という感じだと思いますよ」
■「与えられたチャンスを必ずモノにする」フィンランドの女性たち
労働人口が減りつづけ「女性がもっと活用されるべき」と言われて久しい日本。フィンランドのあり方に学ぶところはとても大きいように思います。
「『社会の平等と公正を守らなければいけない』という意識が高いのは、人口が少ないから。ひとりひとりの力を底上げし集結しなければ、国の繁栄はありえません。人口が少ないから、フットワークが軽い、変えやすいという部分もありますよね。でも同時に、行動に移す力、チャレンジする意思はすごくあるし、上手くいかなければ、また別のやり方をためせばいいという、失敗に対する社会の寛容さもあります。元々貧しい国だったから、メンツのような変なこだわりもなく、まとまることができるのかもしれません」
もちろんそうした変化には、社会だけでなく、個人の意識も大きく影響しています。両国の女性のあり方を見てきた堀内さんが日本人女性に感じるのは、「女性だから」「妻だから」「母親だから」という役割に強く縛られ、そこから自由になれないメンタリティだといいます。
「私は仕事の時でも、普通にノーメイクなこともあるんですが、日本の友達に『信じられない、それって失礼だよ』と言われることも。誰に対して失礼なの?と思うんですが(笑)。もちろん楽しみとしての化粧は、フィンランド人もするんですよ。でもそれも自分のしたいようにすればいいんじゃない?って。女性だからキレイに、妻だから仕事も家事もちゃんと、母親だから子供のためにあれもこれもーー日本人女性には“やらなきゃ”と思うものがあまりに多すぎるし、同時にそれを他者にも強いるような視線があるんですよね。「なんであの人ああなの?」なんて言って。もっと楽になればいいのになと思います」
フィンランドを訪れたある日本企業の女性幹部候補生が「男女平等を実現するにはどうしたらいいですか?」と尋ねると、当地の女性の答えは「与えられたチャンスを必ずモノにすること」だったらしい。最近話題のインポスター症候群(自分の評価や成功を内面的に肯定できず、自分はそれに対しないと過小評価する傾向)は、ただ社会や環境に刷り込まれたものかもしれないと、堀内さんは考えている。
「フィンランドでは、学校の成績は女性の方が男性より遥かに良いという統計も出ていて、女性が男性より劣ってるとはそもそも思っていません。私が通っていた大学の女性学長は、よく言われる“女性は理系が苦手”というのも、母親が繰り返す“数学が苦手”という言葉が刷り込まれてしまうのだと言っていました。もし母親が『ITやエンジニアリングなどの幅広い分野にもすすめる』と勇気づければ、娘はすんなりとそちらに進んでいけると。
実はフィンランド人は男女ともに褒められることが苦手で、持ち上げられると『……』となってしまうんです(笑)。でも仕事上のポジションをオファーされて『いや、私ごときが』なんてことを言う人はいません。チャンスはキャリアを認められた人にしか訪れないものだし、やれるかどうかはやってみないとわからない。ただ自信を持って引き受けるためには、環境を整えることも大事ですよね。“仕事に24時間捧げるべき”という今の状況では、オファーされても『それはちょっと…』と思ってしまうのは当たり前。そこを変えてゆくことは、日本の社会全体の幸せのためにもいいことなんじゃないかなと思います」
<書籍紹介>
『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』
堀内 都喜子 著 ポプラ社
世界最年少34歳の女性首相誕生で注目のフィンランド!
有休消化100%、1人あたりのGDP日本の1.25倍、在宅勤務3割、夏休みは1カ月。2年連続で幸福度1位となったフィンランドは、仕事も休みも大切にする。ヘルシンキ市は、ヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれる一方で、2019年にワークライフバランスで世界1位となった。
効率よく働くためにもしっかり休むフィンランド人は、仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、なんにでも貪欲。でも、睡眠は7時間半以上。やりたいことをやりつつも、「ゆとり」のあるフィンランド流の働き方&生き方の秘訣を紐解きます。
取材・文/渥美志保
撮影・構成/川端里恵(編集部)