藤子・F・不二雄の漫画作品『キテレツ大百科』のオープニングに「スイミン不足」という歌があります。曲の最後の調子のいい「すいみんすいみんすいみんすいみん すいみん不足」というところを覚えている人が多いでしょう。
現代人、とりわけ日本人は睡眠不足です。NHK「国民生活時間調査」によると、1970年に7時間51分だった有職者の平日の睡眠時間は、2000年には7時間07分に減少しています。30代の男性労働者(NHK調査では「勤め人」)の睡眠時間は7時間を切っています。睡眠時間は、何百万年という人類の歴史のなかのわずか一瞬のあいだに、なんと40〜50分も短くなったのです。
この背景には、ビジネスの24時間化や、テレビ視聴時間の増大のインパクトがあるでしょう。しかし、この間に労働時間がまともに短縮されておれば、睡眠時間にこれほどしわ寄せされることはなかったかもしれません。
睡眠不足がとりわけ深刻なのは、週60時間以上働き、したがって少なくとも月80時間以上の残業をさせられている過労死予備軍の人びとです。いまから20年前の大阪で、「過労死110番」がはじめて実施され、相談者約70名にアンケートを送り、44名から回答を得ました。その多くは睡眠の悲惨な実態を訴えています。犠牲者の遺族の回答のなかから二つのケースを紹介します。
「朝が早く、夜も遅い。帰宅後も夜中まで電話、休日も出かけていくやり手の人でした。いつも仕事には夢中でしたが、少し疲れたよと言っていました。大きな原因はストレスと睡眠不足ではないかと思います(建設、営業・監督)」。
「主人は会社の机の上にマットを敷いて睡眠をとり、帰宅する時間や出勤時間を睡眠時間にあてた。仕事の足取りは妻の私には分からない。出社すれば100%仕事、私は主人の着替えを1週間に2回ぐらいビルに持参し、また、子どもたちのことはその折に相談していた。昼食する時間もない様子だった(中小企業役員)」。
20年後のいまは情報化が進み、ネット接続時間やメール処理時間があらたに生活時間を浸食するようになってきました。それだけに睡眠をめぐる事態はいっそう悪くなっています。カナダの心理学者、スタンレー・コレンによって著された Sleep Thieves(『睡眠泥棒』)という本があります。邦訳は『睡眠不足は危険がいっぱい』(木村博江訳、文藝春秋、1996年)というタイトルになっています。実際、睡眠不足が深刻になれば、人は健康を害し、極まれば死んでしまいます。
医療従事者や交通労働者の働きすぎ/働かされすぎによる睡眠不足は、医療事故や交通事故の原因ともなります。また、特定の職業に限らず、働く人びとの睡眠不足は、集中力や注意力を低下させることによって、工場災害や欠陥品が発生する恐れを大きくします。この点でもまさに睡眠不足は危険がいっぱいです。