第9回 夏だ、バカンスだ、といえないのが悲しい

2003年7月25日の読売新聞「論点」欄に「日本人にもバカンス必要」という拙文を寄稿しました。残念ながら、この間に日本人の休暇事情にみるべき改善はありませんでした。そこで旧稿の主張を繰り返すことをお許しください。

夏だ、バカンスだ、といえないのは悲しいことです。ヨーロッパでは、年間約1か月の休暇のうち、夏は2、3週間、たいてい家族連れで1、2か所にゆっくり滞在します。けれど、日本では長い休みがあるのは学校の生徒や学生だけで、一般の社会人には長期休暇はほとんどありません。あるとしたらたいていは1泊2日、よくて2泊3日の小旅行か、数日の帰省休暇くらいです。海外旅行も有給休暇をまとめて取るというほどではありません。

自由時間デザイン協会(現在は社会経済生産性本部・余暇創研に引き継がれている)が2002年に実施した「休暇に関する国民の意識・ニーズに関する調査」によれば、有職者のうち、1年間に2週間以上の連続休暇を取得した者はわずか3.5%にすぎません。全体の7割の者は1週間未満しか取れず、3割の者は4日以上の連続休暇は一度もありませんでした。

休暇の貧しさを端的に示すのは、年次有給休暇(年休)の取得状況です。1980年に61%であった取得率は、1988年に50%まで低下し、2004年度には過去最低の46.6%まで落ち込みました。この年に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数は除く)は、1人平均18日、そのうち実際に取得した日数は8.4日でした。この状況は最近においても変わっていません(厚労省「就労条件総合調査結果」)。

取得すべくして失われた年休の総日数は年間約4.5億日にも達します。わずかに取得された年休も、実際は余暇目的の連続休暇のためではなく、ほとんどは病欠や育児、介護、その他の個人的用務のためです。夏期休暇のために年休を何日取っているかを厚生労働省に問い合わせたところ、現在はそういう調査はしていないとのことでした。しかし、データがないわけではありません。

旧労働省の1981年の調査によると、同年の夏期連続休暇は4.4日。その内訳は、各事業所が指定する休日3.7日、振替休日0.3日、年休0.4日でした。1人平均わずか1日の年休さえ取得していないことになります。この貧しい休暇実態は、その後の年休取得率の低下からみて、その後改善されたとは考えられません。

休暇目的の年休取得を妨げている要因としては、病欠は年休で取る、忌引以外の個人的所用のための休みがない、代替要員がいない、企業が100%に近い異常に高い出勤率を推奨している、年休を取ると賞与や昇進に不利になる、会社が決めた時期以外には休みにくい、半日や1時間の細切れ取得が認められている等々の事情を指摘できます。

30年以上前に発効したILO(国際労働機関)132号条約では、病欠は年休に含めてはなりません。また、休暇は最低3週以上、うち最低2週は連続休暇でなければなりません。日本で今求められているのは、国内法を整備して、この条約を批准し、せめて2週間程度の連続休暇を労使双方に義務づけることす。

総務省の「労働力調査」によれば、30代男性の4人に1人は、週60時間以上働いています。これは1日4時間以上、1週20時間以上、1月80時間以上の残業を意味します。働きすぎは男性だけでなく、女性も家事労働を含めれば、先進国でもっとも長時間働いています。1988年に過労死110番の全国ネットがスタートして今年で20年になりますが、過労死・過労自殺がいっこうに減らないのも、こういう異常な長時間労働が改善されていないからです。

ジル・フレイザーの『窒息するオフィス』(岩波書店、2003年)を監訳して知ったことですが、状況はアメリカでも悪化しています。人員削減が続き、仕事量が増えるなかで、長期の休暇旅行は減って、短い週末旅行が主流になっているといいます。また最近では近くのホテルやスパに泊まる日本型の一泊旅行が増えているといいます。こうした日米の働きすぎ競争を考えると、休暇の拡大はけっして容易ではありません。

とはいえ、働く人々は、強まる過重労働と仕事のストレスで今や極限まで消耗しています。休暇の拡大は消費を拡大し経済を活性化する、といわれることがあります。そういう面ももちろんありますが、今何より必要なのは、疲れた身体を回復させるためのまとまった自由時間です。またそのための連続休暇の拡大です。働く意欲の失せる盛夏の到来をまえに、そのことを強く言いたいと思います。

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