第23回 特講 ディーセント・ワークはなぜ定着しないのか

このブログの10月7日の「トピックス」欄には10月7日付で「本日は“ディーセントワーク”の日」という記事が載っています。国際労働組合総連合(ITUC)が呼びかけた「国際ディーセントワークの日」が10月7日だという解説も付されています。

「ディーセント・ワーク」という言葉は、1999年のILO第87回総会において、ファン・ソマビア事務局長によって提唱され、今では日本でも、労働界だけでなく、政府や日本経団連までが使うようになっています。働き方ネット大阪の英語表記も“The Osaka Network for Decent Work”となっています。

しかし、この言葉はいまひとつ一般には定着していません。その原因の一つは、英語の“decent”が日本語に訳しにくいことにあります。この言葉は大江健三郎氏が1994年のノーベル文学賞の受賞講演で、望ましい日本人像に関連して「品位のある」という意味で使ったということでも知られています。しかし、その場合も、いくつかの微妙に違う意味合いが込められていて、それがこの言葉に大江氏が特別の思い入れを込める理由にもなっているのです。

辞書を引くとdecentには、見苦しくない、礼儀正しい、きちんとした、まともな、人並みの、人間らしい、恥ずかしくない、感じのいい、親切な、寛大な、適切な、といった意味があります。これほどに幅が広い、あるいは奧が深いことが、この言葉を魅力的にしているとともに、日本人にはぴんときにくくしています。

ディーセントワークは意味としては「権利が保護され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事」とされています。しかし、言葉自体の定訳はまだありません。政府は「働きがいのある人間らしい仕事」としています。「安心して働くことのできる仕事」という訳をしている人もいます。私はもっとシンプルに「まともな仕事」とするべきだと思います。働き方ネットとしては「まともな働き方」と言いたいところです。

「まともな仕事」(decent work)は、「まともな賃金」(decent wage)でもあり、「まともな労働時間」(decent working time)でもあります。ILOの出版で、『デーセント・ワーキング・タイム』(Decent Working Time, 2006)という本もあります。ILO駐日事務所のHPに出ている“World of Work”(「仕事の世界」)は、「まともな労働時間」の意味を「健康的で、家庭に配慮し、男女平等を推進し、生産性を向上させ、労働者が自分の働く時間を選択できる労働時間」と解説しています。これに照らせば、過労死・過労自殺を生むような日本の労働時間がディーセントからほど遠いことはいうまでもありません。

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