第236回 『半沢直樹』の高視聴率とその背景について考えてみました

テレビドラマ『半沢直樹』最終回の平均視聴率の高さが話題になっています。関東地区42.2%、関西地区45.5%といいますから驚きです。

私は主役の堺雅人の名は『篤姫』の家定役で知っていました。しかし、前回初めて観るまでは、妻の半沢花役の上戸彩は生理用品のコマーシャルでよく見るジャズシンガーの綾戸智恵とは違うことを知りませんでした。そんな私ですが、働き方評論家として二、三言いたいことがあります。

この高視聴率は何を意味するのでしょうか。水戸黄門が悪代官を懲らしめるような痛快な筋立が、日頃無茶ばかり言うブラック上司を腹立たしく思っているサラリーマンの拍手喝采を浴びたことは確かでしょう。しかし、少し考えると別の面が見えてきます。

以前、日本のサラリーマンに「あなたは自由時間が増えたら何をしますか」と質問したら、意外にも「ゆっくりテレビを観る」と回答した人が最も多かったというアンケート結果を見たことがあります。『半沢直樹』は日曜夜9時台の放映でした。平日はセブン・イレブンの会社員も、日曜の夜だと家にいることが多く、たまに面白い番組があればついつい観てしまうのではないでしょうか。サラリーン諸氏のこうした貧困な余暇と娯楽が『半沢直樹』の高視聴率現象を生んだともいえます。

私も最後の2回を観てしまったので偉そうなことは言えませんが、インターネット全盛のマルチメディア時代に、一つのドラマをほぼ二人に一人が観たというのは異常です。かつての劇場型政治といわれた小泉ブームや、一時期の大阪府市における橋下ブームにも通ずるテレビの怖さを感じます。大晦日の男組対女組の歌合戦を観たくない私としては、あまりに高い視聴率には抵抗感を覚えます。

このドラマがモデルにした大手都市銀行には労働組合があるはずです。原作の池井戸潤『オレたちバブル入行組』や『オレたち花のバブル組』ではどうなっているか知りません。しかし、このテレビドラマには、ポジティブにもネガティブにも労働組合はほとんど?出てきません。ネットで調べた範囲では、私が観た回だけでなく、他の回でも同様だと思われます。組合幹部や活動家では絵にならないという事情もあるでしょう。しかし、それ以上に、現在では組合の存在があまりにも軽くて見えないので、ストーリーに入れようがないのかもしれません。

半沢直樹は不正融資などの金融不祥事と闘う正義のヒーローです。しかし、彼は銀行という組織を守ることを自らの使命としています。銀行のために身を粉にして尽くすエリート社員であるという点で、会社に盾突く闘士というより、むしろ過労死しそうなほど長時間働くタイプの会社人間です。

このドラマで描かれる銀行社会は徹底した男社会で、銀行で働く一般職の女性たちは刺身のつまのような役割しか与えられていません。社宅に住んで夫の尻をたたく専業主婦の妻という設定にも古さを感じます。

原作者の池井戸氏は、バブルピークの1988年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、バブル崩壊後の1995年に同行を退職したそうです。この時期には数々の金融不祥事が相次いで発覚しましたが、ドラマのなかの金融不祥事もこの時期に問題になったことを映し出しています。この点では『半沢直樹』は、現在の銀行におけるブラック企業的な働き方に切り込んだドラマというより、「晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」と言われた20年近く前の銀行の無責任経営の内幕を暴いたドラマの印象が残ります。

そんなご託を並べるより、最終回の降格出向の意味や、パート?へのつなぎの狙いについて書いたらどうやといわれそうなので、こんへんでやめておきます。

追記: これを読んだ友人のYさんから、以下のようなメールがありました。興味深いご指摘なので紹介させていただきます。

大学教員なら「半沢直樹? それ何ですか。テレビドラマらしいですけれど私はテレビなんか見ませんので知りません。」という人でもやっていけますけど、普通のサラリーマンがそんなことを言ったら「コミュニケーション力不十分」と言われてしまうのではないでしょうか。職場で話題を振られたら、とりあえず当たり障りのないことを何か言わなければならない。娯楽のためというより、話題確保のために見ていたサラリーマンも少なくないんじゃないでしょうか。

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