第270回 長時間労働対策は「新たな労働時間制度」の地ならしであってはなりません

厚生労働省の労働政策審議会において、「新たな労働時間制度」の創設が議論されています。10月8日の会合では「裁量労働制の新たな枠組みの構築」と「フレックスタイム制の見直し」が主な議題だったらしく、「新たな労働時間制度」の法案骨子はまだ示されていません。

同日提示された資料でとくに注目されるのは、「長時間労働削減推進本部」の体制と取組です。これは「『日本再興戦略』』改訂2014」(6月24日閣議決定)と、「過労死等防止対策推進法」(略称・過労死防止法、6月20日成立)を受けて厚労省に設置されたものです。その意味で、同本部は、厚労省に置かれた「過労死等防止対策推進室」とともに、過重労働対策と長時間労働削減を課題としています。

過労死防止法は本年11月1日に施行され、11月は最初の「過労等防止啓発月間」となります。そういうなかで、「長時間労働削減推進本部」は、11月に以下の取組を行うことを表明しています。

?長時間労働削減の徹底に向けた重点監督の実施
 相当の時間外労働時間が認められる事業場等
 過労死等に係る労災請求がなされた事業場
等を対象に、重点監督を実施。⇒法違反を是正しない事業場は、送検も視野に入れて対応(送検した場合には、企業名等を公表)。

? 相談体制の強化
 平日の夜間・休日に、無料電話相談を実施。また、厚労省HPのトップページにバナーを設置する等、積極的にPRし、利用を促進。
 11月1日(土)に、職員が無料で電話相談を受け付ける、「過重労働解消相談ダイヤル」を実施。⇒ 、で受け付けた情報を重点監督に活用。

? 労使団体への要請
○ 長時間労働の抑制による働き過ぎ防止対策の徹底について、労使団体に要請(10月)。

? 過労死等の防止に向けた取組
○ 11月14日過労死等防止のためのシンポジウムの開催
○ 過重労働解消のためのセミナー(事業者向け)の実施(11月〜12月)

?は過労死等の労災請求があった事業場などを対象に重点監督を実施し、法違反を是正しない事業場は送検や企業名公表もありうると言います。これが実行されれば、これまでの労働基準行政に比べて、一歩踏み込んだ指導監督と言えます。

?の厚労省主催の過労死シンポジウム(11月14日、厚労省講堂)は、過労死防止センター(準)、過労死家族の会、過労死弁護団などが協力するかたちで開催され、川人博弁護士(過労死弁護団全国連絡会議幹事長)が基調講演を行います。

「長時間労働削減推進本部」の取組には、企業経営陣への働きかけとして労働基準局幹部が業界のリーディングカンパニーを訪問することなども予定されています。ほかに地方自治体と連携した地域レベルの年次有給休暇(年休)の取得促進策も示されています。

今回示された推進本部の長時間労働対策は、これまでの厚労省の過重労働対策と比べると一定の前進と評価できる面があります。これは過労死防止法が成立したことによるところが大きいと言えます。

しかし、過労死防止という課題に照らすとまだまだ不十分と言わざるをえません。過労死の労災請求があった企業などに重点監督を実施し、法違反を是正しない事業場に対しては送検や企業名公表もありうるというのは、行政の積極的姿勢を示すものでしょう。しかし、過労死を防止するというなら、もう一歩踏み込んで、過労死の労災認定があった事業場は、送検に至らなくとも企業名を公表し、社会による監視が可能になるようにするべきです。

また、長時間労働の削減を言うなら、恒常的な時間外労働(残業)の削減、わけても賃金不払残業の解消を言うべきです。そのためには残業の上限規制と時間外休日労働協定(36協定)の見直しが避けられませんが、「長時間労働削減推進本部」の取組にはそれも課題に上っていません。欧州連合(EU)では、労働指令よって翌日の勤務までに最低一一時間の休息を取らなければならないという制度があります。このインターバル休息制度の導入も、過労死の防止のために実現が急がれる課題です。これは法改正を必要とすると考えられますが、法改正にいたる前にも、現行の労働基準法や労働安全衛生法の厳格な履行という点で、過労死防止のためにやるべきことは少なくありません。

長時間労働対策は「新たな労働時間制度」導入の地ならしのための見せかけであってはなりません。「新たな労働時間制度」は、一定の年収と職務の労働者を労働基準法にもとづく労働時間の規制から外し、残業という概念をなくして、残業代ゼロを合法化するものです。ひとたびこれを許せば、いかなる長時間労働対策も無いも同然になります。

以上、10月29日の過労死防止センターの発足を前に、厚労省の取組について一言しました。

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