第102回 健康で文化的な最低限度の生活に遠く及ばない最低賃金

最低賃金は、働けばなんとか生活できる賃金を労働者に保障するために、それを下回っては雇用してはならない賃金の最低額のことを言います。この趣旨から、最低賃金法の第1条は、「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」(同法第1条)と規定しています。この規定が憲法25条第1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という生存権の規定と不可分であることはいうまでもありません。

最低賃金法は最近では2007年12月に改正(2008年7月施行)されています。厚生労働省のホームページによれば、この改正によって、「労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことが明確になりました。また、この改正によって、地域別最低賃金は、「賃金の最低限度を保障するセーフティネット」として位置付けられることになりました。

現在の地域別最低賃金(時給)は、北海道678円、岩手631円、東京791円、大阪762円、沖縄629円、全国平均713円です。これでは、週40時間、年2000時間働いても、東京で158万円にすぎず、沖縄では126万円にもなりません。これが「健康で文化的な最低限度の生活を営むことができる」賃金ではないことはいうまでもありません。

ネットには最低賃金で1週間あるいは1ヵ月暮らした体験報告が出ています。たいていは最低1250円あるいは1300円(年収で250万円あるいは260万円)以上ないと最低生計費さえ確保できないという数字が挙がっています。これに照らしても平均1000円の実現は喫緊の課題です。

AERA−Netに、2009年6月現在の東京都の最低賃金766円で1日8時間、月22日働くという想定で体験したルポが載っています。その月収は13万4816円。題して、「壊れる心と体 最低賃金で1カ月暮らす−−1食300円、体重4キロ減」。

この月収がそのまま処分所得になるわけではありません。記事中にあるように、これから税金と社会保険が引かれます。税金関係だけで、住民税と所得税を合わせると月に約3万5000円になります。さらに求職に不可欠な携帯代1万円や光熱費込みのゲストハウスの家賃3万5000円を払えば、手元には月収の半分も残りません。

このルポでは月22日働くと想定されていますが、非正規労働者の雇用は細切れで、仕事がいつでもあるとはかぎりません。たとえ雇用が継続していても、正社員が休む年末年始やGWやお盆などは賃金が出ません。病気で休んでも賃金はありません。そう考えると、月22日、年264日働くという想定は現実的ではありません。

他方、週休2日、年休20日、国民の祝日15日を享受することを基準にすれば、年間労働日数は226日になり、264日働くという想定は働きすぎであるともいえます。

中央最低賃金審議会には公益委員、労働者側委員、使用者側委員が各6人、合計18人います。地方最低賃金審議会にも同様の委員がいます。これらの委員諸氏に、それぞれの居住する都道府県の現在の最低賃金で実際に1ヵ月暮らしたらどうかと言いたいところです。しかし、私にもできなそうにないので、そんな無理は申しません。

アダム・スミスは、『道徳情操論』という著作のなかで、同感の情について、「われわれは他人がどんな感じを抱いているかについて、なんらかの知識をもちうるのは、ただ想像の働きによってだけである」(米林富男訳、未来社)と述べています。現在の最低賃金で生活することがどんなに厳しい貧困を意味するかは、同感の情、あるいは想像の働きさえあれば容易に分かることです。にもかかわらず、平均15円(2%)の引き上げでよしとする最低賃金審議会の委員諸氏には、どうやら同感の情も想像力も欠けているようです。

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