2000年に岩波書店から出版されたジュリエット.B.ショア『浪費するアメリカ人』が先頃岩波現代文庫になりました。私が監訳にあたった本書の原書が著されたのは1998年でしたが、1990年代のアメリカ経済の繁栄を支えたのは、ショアが本書で説いている新しい消費主義の浸透によって刺激された旺盛な個人消費でした。
しかし、2008年秋のリーマンショックを引き金とするアメリカの恐慌は、信用の収縮、失業の増大、労働所得の減少を招いて、個人消費の縮小をもたらさずにはおきませんでした。にもかかわらず、その後も、政府の政策や、企業の経営戦略や、人々の働き方は、従来通りの浪費・成長パターンと消費主義の罠から抜け出していません。
新しい消費主義の特徴は、自由な選択的消費と消費競争が大衆の間に広く見られるようになったことにあります。現代では人々の職業生活や社交や娯楽における社会的接触の場が拡大し、消費において他人と張り合う機会が格段に増えてきました。また、テレビを中心としたマスメディアと広告業の発達によって消費基準が引き上げられ、人々は自分より上位の所得階層のライフスタイルにより強く影響されるようになってきました。
各種の消費者金融の発達によって、今日では、消費の大きさは必ずしも現在所得の大きさに制約されなくなっています。必要であれば、将来所得をあてにローンを組むか、カードで支払うこともできます。しかし、人びとは、高水準の消費を追い求めれば求めるほど、結局は、ローンを返済するためにも、より多くの収入を得ようとして、より長くよりハードに働かざるを得なくなります。
ショアは、本書において、浪費的なライフスタイルの原因と性質を明らかにしているだけではありません。彼女は、労働時間を減らし消費を抑え、市場への依存度を低め、人と人とのつながりを濃密にする道を選択し実践している「ダウンシフター」(減速生活者)と呼ばれる人々に注目しています。あの恐慌が多くの人々の労働と生活を激変させた今では、本書が書かれた当時と比べて、こうした生き方への関心が格段に高まり、その実践者も増えました。これはアメリカだけでなく、日本についても言いうることです。
そのことは、本書から発想した体験的減速生活入門ともいうべき、高坂勝『減速して生きる――ダウンシフターズ』(幻冬舎、二〇一〇年)が、NHKテレビ、朝日新聞、産経新聞、日経ビジネスアソシエ(オンライン)、ニューズウイーク、SPA、TBSラジオなど多様なメディアに取り上げられて、話題を呼んだことからも推察できます。私は「週刊エコノミスト」の書評(2010年12月7日号)でこの本を取り上げ、「時間を取り戻し、環境を考え、平和を考えるこの生き方は、生活を変え、社会を変え、世界を変える可能性を秘めている」と書きました。
もとより、労働時間を減らすとことが社会システムの転換にリンクするには、ライフスタイルの個人的な選択の域を超えて、政労使の合意に基づく社会的な規模のワークシェアリングが推進されねばなりません。とはいえ、そうした社会的な合意形成のためにも、減速して生きるという個人的な選択が大きな流れにならなければならないのも、また間違いないことです。この点から考えても、消費競争にブレーキを掛け、欲望上昇の無限軌道から抜け出す道を説いた本書は、読み継がれる価値があります。それだけに本書が岩波現代文庫に収録される機会に、本書が広く読み継がれることを期待しています。(「訳者あとがき」より)
追記:目次についてはこちらをご参照ください。