川人博『過労自殺(第二版)』岩波新書、820円+税
週刊エコノミスト 2014年9月16日号
遺書、ブログのメモ… 命の重さに胸打たれる
過労死が現代日本の深刻な社会問題として広く知られるようになったのは、1988年6月の「過労死110番全国ネットワーク」の開設からである。それから26年経った今年6月、過労死等防止対策推進法(略称・過労死防止法)が超党派の議員立法によって全会一致で成立した。
これを実現させたのは、過労死、なかでも過労自殺が増え続けてきたなかでの、過労死家族の会と過労死弁護団の粘り強い運動である。
本書はこの運動の先頭に立ってきた著名な弁護士によって著された。初版は98年に出版されているが、この第二版は、近年の若者に広がる過労自殺の急増、労災認定基準の変化、防止法の成立などを踏まえた、全面的な改訂版である。
どこを読んでも命の重さに胸を打たれるが、圧巻は第一章に出てくる遺書やブログのメモである。
24歳の化学プラント工事監督者は、38日間休みなく働き続け、最高で月218時間に及ぶ時間外労働を強いられたあげく、自殺に至った。ブログには「願うことはただ一つ。5時間以上寝たい」と記している。
27歳のシステムエンジニアは、33時間の連続勤務もある異常な長時間労働のなかで、うつ病を発症し、治療薬を過剰服薬して亡くなった。ブログには「このまま生きていくのは死ぬより辛い」と書き遺していた。
過労自殺の遺書には、家族や会社に対する「おわびの言葉」が多い。第二章で著者が言うには、会社に抗議せず、自分を責める遺書は、当人がうつ病に陥っている証左である。くわえて、職場に労働組合がないか、あっても御用組合化しているために、労働者が著しく弱い立場におかれている状況も無視できない。
政府の自殺統計では、勤務問題で自殺する被雇用者は年間2000人に上る。仕事による過労とストレスが異常に強まった現代は、ごく普通の人びとがうつ病を発症し、さらには自殺に至る時代である。そのことは製糸工場や紡績工場で自殺が多発した、戦前の「女工哀史」の時代の「剥き出しの資本主義」に日本が後戻りしつつあることを意味する。
第三章は、過労自殺の労災補償と企業補償の仕組みをQ&A形式で分かりやすく述べて実に参考になる。
最後の第四章は、職場に時間と心のゆとりを作り出す必要を説き、先頃成立した過労死防止法の意義と課題に明らかにして教えられる。
過労とストレスを抱えて働く人びとその家族、さらには労働分野の研究者や報道関係者にぜひ読んでいただきたい労作である。