1月16日に開催された厚生労働省の労働政策審議会・労働条件分科会に、労働時間の規制を外して時間内と時間外の区別をなくし、労働者に無制限の長時間労働を強いる法案の骨子が示されました。
1 焼き直しホワイトカラー・エグゼンプション法案
これは「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)」と名づけられ、新しい化粧が施されています。しかし、一定の範囲の労働者を対象に、労働基準法の時間規制の適用を除外し、使用者の労働者に対する残業代の支払義務を免除するという点では、2006年に第一次安倍内閣のもとで検討され、2007年1月に「国民の理解が得られていない」という理由で見送りになったホワエグ法案の焼き直しにほかなりません。
2 家族だんらん法案という苦心のネーミング
当時、この法案は世論の強い批判と反発を招き、「残業ただ働き法案」とか「過労死促進法案」という呼称が広まりました。そういう反対が予想されただけに、政府・厚労省サイドは、ネーミングに苦労し、これを「自律的な労働時間制度」「自由度の高い働き方にふさわしい制度」「自己管理型労働制」「家族だんらん法」「早く帰ろう法案」などと呼び替えてきました。最後の二つは、今の都知事が厚労大臣だった当時、法案見送り後に思いついた呼び名です。その理由は、この制度のもとではいくら働いても残業代が出ないので、労働者は残業をせず家に早く帰るようになり、家族と接する時間ができるというのです。
3 時間外・休日・深夜の別なく働くのが労働者のニーズ?
16日の労政審に示された法案骨子は「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにする」と言います。いうまでもありませんが、そういう働き方/働かせ方をしたい/させたいと考えているのは労働者ではなく、使用者(経営者)です。骨子は「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した新たな労働時間制度」と言っていますが、こうした時間規制除外制度に対するニーズが労働者の側にあるとは考えられません。
4 SEも銀行員も対象者です
法案骨子は、法案の対象業務を「高度の専門的知識等を要する」や「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」業務と説明し、ディーリング業務、アナリスト業務、コンサルタント業務、研究開発業務などを例示しています。しかし、具体的には省令で規定するとしていて、労働者派遣法の対象業務のように制定後、際限なく広がることは必定です。それどころか、法案が固まる前に、すでに厚労省はこの制度の対象に「システムエンジニアなどIT技術者や投資銀行員を加える検討に入った」(「日本経済新聞」1月16日)と伝えられています。
5 対象者はすでに残業代を支給されていません
対象労働者の年収要件につては、1075万円を参考に「法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定する」となっています。国税庁の民間給与実態調査で見ると、年収1000万円以上の労働者は男性では全体の5.8%(女性は0.8%)です。職種や企業にもよりますが、一般にはこの所得階層の労働者の大半は勤続20年以上の40〜50歳台の人だと考えられます。この人びとは管理監督者扱いや裁量労働制の適用で、いまでもたいてい残業代を支払われていません。
6 残業ただ働きを合法化して文句を言わせない
なのに政府が財界の意向を受けて残業代ゼロ制度を創設するのは、現行の労基法では、課長や部長でも労基署に申告(通報)すれば、あるいは裁判を起こせば、残業代の支給が命じられるからです。政府・財界は、残業ただ働きを合法化して、そういうトラブルをなくそうというのです。
7 通れば対象者の年収は下げていきます
推進者たちは、最初は対象者の年収を高く設定して「自分には関係ない」と思わせておいて、いったん成立したら年収を下げていけばよいと考えています。産業競争力会議の竹中平蔵パソナ会長は「小さく産んで大きく育てる」と言っています。八代尚宏・国際基督教大客員教授は日本経団連の「職種によっては、年収800円ぐらいでも対象にするのがのぞましい」とコメントしています。日本経団連の榊原会長は「全労働者の10%ぐらいは適用される制度に」することを求めています。経団連はもともとは年収400万円以上を対象にすべきだと主張していました。エグゼンプションの本家のアメリカでは週給455ドル(1ドル110円とすれば、年収260万円)以上となっています。
8 奇妙な自家撞着の制度です
問題の法案骨子によれば、「割増賃金支払の基礎としての労働時間を把握する必要はないが、その健康確保の観点から、使用者は、健康管理時間を把握した上で、これに基づく長時間労働防止措置や健康・福祉確保措置を講じる」そうです。長時間労働の規制はしないが時間は健康管理のために把握はするというのは自家撞着も甚だしいと言わなければなりません。
9 グリシン法案を飲めば生き生き働けます
推進者の産業競争力会議や厚労省は、この制度が導入されれば労働者は「その意欲や能力を十分に発揮できる」と言います。メディアでは「メリハリのきいた柔軟な働き方」という表現も使われています。労基法に言う1週40時間、1日8時間の規制をなくせば、「ばりばり働ける」かのように言うのは、グリシンを飲めば休息が取れなくても「生き生き働ける」という味の素の広告以上に見え透いたウソです。
10 対象者はもっとも過労死の多い年代層です
グリシン法案の対象とされる40代の労働者はいまでも休息ナシ・残業代ナシで疲労困憊するまで働いています。過労自殺を含む過労死がもっとも多いのも40代です。最後に1月16日の朝日新聞のニュースに付された私のコメントを貼り付けておきます。
新制度は「1日8時間労働」という長時間労働防止のための大切な原則をなくすものだ。いまも働きすぎの人たちが、さらに成果を競わされ、無制限の労働を強いられることになる。制度導入の条件にかかげる健康確保の措置は実効性が疑問だ。1カ月の働く時間の上限を何時間に設定するかも示されていない。対象を高度な専門職に限定しているが、いったん制度が導入されれば、年収要件や職種が拡大される恐れがある。「過労死ゼロ」を目指す流れに逆行する。