第292回 神戸新聞随想第6回 貧乏と貧困の違いから考える

神戸新聞 随想 2015年7月24日

パート、アルバイト、派遣などの非正規労働者が増え続けている。年収200万円未満のワーキングプア(働く貧困層)の増加が問題になって10年近くになるが、事態は悪化こそすれ一向に改善されていない。

戦前は河上肇の『貧乏物語』にあるように、驚くほど多数の人が貧乏であった。それに比べると現代はましになったとは言えない。なぜなら、多様な商品が溢れる現代において貧困であることは、全般に物資が少なかった昔の貧乏よりも耐え難いからである。

「貧乏」と「貧困」は、あるべき物が不足して困り苦しむことを意味する点では同じでも、微妙に違う使われ方をする。

貧乏が昔からある日常語なら、貧困は現代の福祉分野の専門語ともいえる。貧乏でもよいというわけではけっしてないが、貧困は放置できない、あってはならない社会問題である。

用例を見ると、「貧乏でも幸せ」とは言っても、「貧困でも幸せ」とは言わない。他方、「政治の貧困」はあるが、「政治の貧乏」はない。

貧乏は貧困より他の言葉とくっつきやすく、おもしろい複合語が多い。広辞苑を引くと、貧乏の項は21行なのに、貧困は3行で終わっている。

安倍内閣は2年前に「日本再興戦略」を打ち出した。そして昨年その改訂版を公表した。両者には合わせて「成長」が200回以上出てくるが、「貧困」はどちらにもどこにもない。

政府は募る一方の貧困問題には触れたくないらしい。それどころか、生活保護基準の切り下げに熱心である。これを「政治の貧困」と言わずして何と言うのだろう。

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