第345回 書評 高橋幸美・川人博『過労死ゼロの社会を』

第345回 書評 高橋幸美・川人博『過労死ゼロの社会を−−高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか』連合出版
エコノミスト 2017年12月26日号
「電通過労死」の母が語る事件の真相と再発防止策
2016年10月7日、電通新入社員、高橋まつりさん(当時24歳)の過労死(自殺)が公表された。本書は彼女の母親の高橋幸美さんと代理人の川人博弁護士がこの事件についての発言と思いをまとめている。
過労死が現代日本の深刻な社会問題として知られるようになって30年近くたつが、今回ほど大きな衝撃を生んだ過労死事件はない。その理由は、川人氏が言うように、多くの人々が人ごとではないと感じる状況があるからにほかならない。
それだけではない。最初の「過労死防止白書」が発表された日に明らかになった電通事件には、過酷な長時間残業、労働時間の改ざん、サービス残業、パワハラ、弱い監督行政、労働組合の力不足など、日本の大企業における過労死問題のエッセンスが詰まっている。
電通では高橋まつりさんが生まれた1991年にも、若手社員の大嶋一郎さん(当時24歳)が、過労とストレスで自殺した事件があった。酒席で上司から靴にビールを注がれて飲まされるというパワハラもあったこの事件では、2000年3月24日に最高裁が使用者の労働者に対する健康配慮義務を怠った責任を問う判決を出している。
川人弁護士が代理人を務めたこの裁判では、「取り組んだら……殺されても放すな」という文言を含む電通「鬼十則」が問題になった。まつりさんの持っていた社員手帳にもこれと同じ訓示が載せられていた。削除されたのは17年版からである。
まつりさんは、入社6カ月後の15年10月から本採用になるや、「眠らせない拷問」のような残業が続くようになる。その頃から12月25日の死亡直前までのSNSには、上司から「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」とか「女子力がない」とか言われた記録が残っている。
すでにうつ病を発症していた11月初旬には、お母さんに大嶋事件の最高裁判決要旨をSNSで送り、「こうなりそう」と告げる。それにお母さんは「死ぬくらいなら辞めるべし!電通は激務ランキング一位だよ」と返事した。しかし幸せに生きてほしいという願いも空しく、会社に殺されたことに「がんばらない人生だったら良かったのに」と悔やむ。
本書には適正な人員配置、パワハラ根絶、健康経営などの過労死防止に関する改革提言がある。過重労働致死罪の立法化提案も目を引いた。「過労死ライン(月80時間)」の残業を認める「働き方改革」への批判など、本書は過労死ゼロの社会を願うすべての人々の必読の書である。

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