森岡孝二さんを引き継ぎ、エッセイ欄を担当する脇田滋です。
今年(2019年)2月末から、岩城穣弁護士と一緒に、働き方ASU-NETの共同代表を務めることになりました。森岡孝二さんが、昨年(2018年)8月に亡くなられ、今年2月23日、多くの方の参加で、「森岡孝二先生を追悼するつどい『森岡孝二の描いた未来――私たちは何を引き継ぐか』」が行われました。このつどいでは、多くの方が、森岡さんの志を受け継ぐ思いを表明されました。私も、森岡さんが先頭に立ってこられた幅広い活動の一部でも引き継ぐことができればと思いました。
その引き継ぎ課題の一つが、ASU-NETのホームページに掲載された「エッセイ欄」の担当です。「森岡孝二の連続エッセイ」は、2008年5月から2018年4月まで11年間で348回にも及び、働き方ASU-NETの活動や歴史を示す貴重な内容です。私自身、時々の労働問題についての的確な視点や論点指摘に共感し、連続エッセイをとても楽しみにしてきました。私は労働法・社会保障法、外国もイタリア、続いて韓国を研究対象としてきましたので、「視野がかなり狭い」と自覚しています。ただ、日本社会で働く人々の「異常」とも言える状況の改善を目指す点では、森岡さんと同様の志をもっている積りです。森岡さんのレベルには程遠い内容ですが、働き方をめぐる様々なテーマについて、私なりに書き綴っていきたいと思います。できるだけ多くの方に読んでいただければ幸いです。
まず、2月23日のつどいで配布された『追悼記念誌』(58-59頁)に掲載された私の文章を転載(一部修正)し、かなり長くなりますが、「第1回目のエッセイ」に代えることにします。
==============================
森岡先生と歩いた道
日韓交流の引き続く発展を目指して
脇田滋(元龍谷大学教授)
労働法を専門としている私は、非正規雇用や過労死などをめぐる森岡孝二さんの研究や実践活動を尊敬の念をもって長く見上げてきました。森岡さんは研究者・市民運動活動家として、日本だけでなく韓国でも広く知られています。とくに2017年と2018年に森岡孝二著書2冊が韓国で出版されました。この文では2冊の本を手がかりに、森岡さんと韓国の市民運動の交流を簡単に振り返ってみます。
□朴元淳ソウル市長と『雇用身分社会』
2001年11月24日、龍谷大学で開催された市民運動をめぐる日韓シンポジウムで、韓国からは「参与連帯」事務局長であった朴元淳さんが、日本からは株主オンブズマンなどの活動をされていた森岡さんがシンポジストとなって両国の市民運動について報告し議論する場がありました。その後、森岡さんはソウルの参与連帯を訪問するなど2人の交流が続きました。2011年10月、朴元淳氏は進歩陣営の統一候補としてソウル市長補欠選挙に出馬し、与党の有力相手候補を破って当選しました。その後、2014年に再選され、2018年には有力な相手2候補を大きく引き離す大量得票で圧勝して8年を超える長期間、市民・労働者のための公約を次々と実現しています。〔詳しくは、森岡孝二・エッセイ第158回(2011/12/30)参照〕
韓国では2000年以降、非正規運動が起こり、盧武鉉政権下の2006年に「非正規職保護法」が制定されました。しかし、その後9年間の保守政権時代に「富める者益々富み、貧しき者益々貧し」という「社会両極化」状況が強まりました。その最大の犠牲者は若年層でした。こうした状況を背景に朴市長は、?9000人を超えるソウル市関連業務に従事する非正規職の正規職化と、?青年手当など青年に対する支援政策をはじめ独創的・画期的な公約実現政策を進めています。
2017年5月に刊行された森岡孝二著『雇用身分社会(韓国版)』は、韓国の政府や財界が「モデル」として美化してきた日本雇用社会の現実が、実際には韓国ときわめて類似していることを具体的に示し、改革の必要性と方向を説得的に示す書物と受け止められました。朴元淳市長の労働・青年政策を理論的に支えてきた、気鋭の研究者・金鍾珍さん(韓国労働社会研究所副所長)は、同書「解題」で「韓国も非正規職増加と低賃金労働、雇用形態・性別の賃金格差、過労死問題など、20年間、日本社会をそのまま追いかけている」とし、著者が示した「本来の働き方の実現」を考えてみるべきだと指摘しています。朴ソウル市長の労働政策は、そうした本来のあるべき働き方を目指すものの一つと考えられています。現在、文在寅政府は国レベルでソウル市の労働政策を受け入れましたが、その政府関連文書の中でも同書が頻繁に引用されています。
□「過労死防止法」と『死ぬほど働く社会』
韓国では永らく安全軽視の職場で多発する労働災害が問題となってきましたが、近年、日本と同様に長時間過重労働の労働環境の中で、若者を含む労働者が病死したり自殺する例が増えて社会問題化してきました。そして、過労死をめぐって早くから110番活動、認定・裁判闘争が展開されてきた日本の動向に関心が寄せられるようになり、とくに2014年に成立した「過労死防止法」は韓国でも大きく報道されました。そして、同法成立で大きな役割を果した家族の会の寺西笑子さん、過労死弁護団の岩城穣さんと研究者・市民運動家として森岡孝二さん3名が、2015年9月、ソウルに招かれてシンポジウムに参加し、韓国の市民・労働運動界やマスコミから大きな注目を浴びました。2017年11月には「過労死予防センター」開所式に出席する等、韓国での過労死防止の取り組みを継続して励まされています。〔詳しくは、森岡孝二・エッセイ第340回(2017/11/10)参照〕
そして2018年4月に『死ぬほど働く社会』が、韓国語2冊目の森岡孝二著書として刊行されました。同書は日本で2005年に出版された『働き過ぎの時代』(岩波新書)を翻訳し題名を変えたものです。現在、韓国社会では郵便配達、TVドラマ制作、高速バス運転、IT産業、苦情処理担当公務など、実に多様な分野で働く人々が過労と長時間労働で病気で倒れたり死亡する事例が頻繁に発生しています。運転手の過労が乗客の安全にまで影響を及ぼすことなど、過労死を個人だけの問題としてではなく社会的問題と把えるべきだとするのが韓国での議論の特徴です。『死ぬほど働く社会』は、こうした韓国での関心を端的に示す言葉です。森岡さんが日本語で書かれた『働き過ぎの時代』は、明確な社会的視点に基づき、13年後の韓国の問題状況をも正確に示している本と考えられているのです。
日韓両国の雇用社会には酷似した状況がありますが、日本社会を「モデル」あるいは「反面教師」としてきた韓国の運動や政策は、現在、多くの困難を乗り越えて大きく進んでいます。森岡さんは同書が「日韓相互交流の一助となれば幸いである」と韓国版序文で述べられています。今後も森岡さんの志を受け継いで日韓交流を引き続き発展させて行きたいと思います。