第62回 コロナ禍とエッセンシャル・ワーカー保護の課題を考える(1)

1年半を超えた「コロナ」感染拡大

 新型コロナ感染症(英語名:Covid-19、コロナウィルスによる感染症。以下、「コロナ」と略称)は、人と人との接触で感染が広がり、2020年はじめから2年も経たない間に、世界では2億人を超える感染者、約455万人もの死者が出ました。歴史上でも有数の大規模「パンデミック(pandemic)」と言えます。この「コロナ禍」のために、世界中の人々、とりわけ働く人の環境が大きく変わりました。

 その後、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカなど、外国製ですが、「コロナ」対応のワクチンが予想以上に早く登場しました。このワクチンによって感染の被害が一定程度抑える効果が出てきました。しかし、次々と「コロナ」変異株が現れてワクチンの効果も決定的なものとは言えなくなっています。

 世界的には、各国の経済的格差を反映した「コロナ」被害の違いが目立っています。アジア、アフリカ、中南米などの貧困国では、ワクチンは届かず、まともな医療、感染対策がとられていません。世界、とくに、日本では長年、公的医療・公衆衛生が削減されたために、少しの感染拡大で医療が崩壊する状況が深刻です。何時(いつ)になれば、「コロナ」から解放されるのか、まだまだ展望が見えません。

 1年半を超える「コロナ」との闘いが続く、最前線の医療・保健従事者は、過重で過酷な労働を強いられ続けています。イタリア北部で2020年2月から3月にかけて、まだ「コロナ」がよく知られていない段階で、感染が急拡大しました。病院に押し寄せた患者を治療した医師、看護師たちにも院内感染が広がって、患者だけでなく、医師、看護師にも多くの死者が出ました。その後、スペイン、イギリス、フランス、ドイツなど、世界でも医療が最も進んだ国での、「コロナ」の急激な拡大、とくに、桁違いに多い死者の数は、世界を震撼させました。

「コロナ禍」と雇用脆弱層への矛盾集中(OECD『雇用展望 2020』)

 人と人の接触を通じて感染する「コロナ」の急拡大に直面して、各国政府や自治体は、人々の外出規制やロックダウン(都市封鎖)という強制措置に踏み切りました。それと同時に、欧米諸国は、働けなくなった労働者、営業停止を命じられた商店主や経営者への迅速な経済支援措置をとりました。

 EU(欧州連合)では、2008-2009年の経済危機の時に、ドイツは、「操業短縮手当制度」で失業を防ぐことに成功しました。EU諸国は、これをモデルに、「時短勤務手当制度(STW-Short Time Work)」を設けて、危機に対応することになっていました。「コロナ禍」の深刻な状況に直面したEUは、緊急財政支援を決議して、この「時短勤務制度」を通じて各国での失業者急増を防ぐことに成功しました。この「時短勤務制度」は、雇用保険法による「雇用調整助成金制度」として、日本にも導入され、失業抑制という面で、不十分ですが、一定の役割を果たしました。

 しかし、コロナ禍が広がる前に、長年の新自由主義政策の結果として、各国では、不安定な雇用形態で働く労働者が広がり、「格差と貧困」が大きな問題となっていました。「富める者が益々(ますます)富み、貧しい者が益々貧しくなる(富益富、貧益貧)」と表現される深刻な状況があり、そこに「コロナ」が拡大したのです。その結果、コロナ禍は、一方で、富裕層は深刻な打撃を受けず、むしろ、株価急騰などで益々富を拡大したのに対して、非正規雇用労働者やフリーランスなどの雇用脆弱層に被害が集中することになりました。

 そして、この状況は「コロナ」前に貧富の格差がきわめて深刻であった、北米(アメリカ、カナダ)、東アジア(日本、韓国)の雇用脆弱層を直撃しました。OECDは、2020年の「雇用展望(Employment Outlook 2020)」で、感染で死亡する割合が貧困層で高くなっている問題を指摘しています。そして、「OECDの24ヵ国平均で、労働力の52%が、現在の危機における仕事の再編成を考慮せずに、比較的安全な仕事に従事している」とし、「労働者の約31%は潜在的に自宅で労働することができるが、残りの21%は労働を遂行するために他の人と少なくとも、ある程度の物理的接触を持っている」と指摘しています。(Outlook Employment 2020,81頁以下)

OECD『雇用展望 2020』

 しかし、「職場に物理的に出勤する必要のない労働者は、通勤や仕事中に感染症にかかるリスクを負うことなく労働継続する最も簡単な方法は、従来通りに自宅で労働する」ことです。しかし、「従業員のほぼ半数は、同僚とより多く物理的に近接し、または公衆とより頻繁に物理的相互作用を必要とするため、現在の状況で感染リスクを伴う仕事に雇用されている」と分析しています。

 そして、「『危険にさらされる』労働(jobs ”at risk”)に従事する労働者の割合は、職業構成の各国間の違いを反映して、ルクセンブルクの39%からスペインの56%までさまざまである。女性(ギリシャを除く)および若年労働者は、すべてのOECD諸国で「危険にさらされる」労働をする可能性が比較的高い」としています。そして、「同じことが低所得労働者にも当てはまる。低所得労働者は、通常の条件下では、身体的接触や感染のリスクが高い仕事に就くことが多くなる」と指摘しています。

 とくに、医療制度が不十分なアメリカでは、医療費負担が大きく貧困層はその支払が困難であるために、病院で治療を受けることができません。そして、こうした貧困層に「コロナ」で亡くなる人が急増しました。富裕層は、感染を避けるために外出を抑制することができます。また、中間層では、パソコンを通じての「テレワーク」が可能な業務についている人が多く、その場合は、安全な自宅に籠もって働くことが可能でした。

 これに対して多くの貧困層は、働かないと暮らしていくことができないので、感染危険が高い街中にある職場に出勤し、人との接触がある「対面サービス」をせざるを得ません。こうした働く貧困層は中南米からのヒスパニック、黒人、アジア系の有色人種に多く、貧富格差だけでなく、人種による格差とも重なるために、「コロナ」感染の被害は、こうしたアメリカの複雑な格差社会の矛盾を反映することになったと指摘しています。

不可欠業務従事者(essential workers)とその保護

 コロナ禍の中で、対面サービスを中心に感染の危険を冒して働き続け、社会を支える労働者が注目されました。最前線で「コロナ」と闘う医療従事者以外に、こうした社会を支える労働は、エッセンシャル・ワーク(essential work、不可欠労働)と呼ばれ、その労働への尊重(リスペクト)が様々な形で現れました。

 こうしたエッセンシャル労働者を尊重し、優先する考え方は、既に、多くの国の政府や自治体の政策に現れています。アメリカでは、「社会を支えるために感染の危険があるにもかかわらず労働することが求められる職種・職場の従業員」を、「Critical Infrastructure Workers」と呼び、国土安全保障省(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency=CISA)がリスト化して多くの優遇策を定めています。例えば、ワクチン接種でも、このCritical Infrastructure Workersが優先されました。※

※エッセンシャルワーカーの概念については、建井順子「エッセンシャル・ワーカー」とは誰かに関する一考察_山陽論叢第27巻(2020年)が詳しい論考です。とくに、「日本の場合、・・・明確な「エッセンシャル・ワーカー」リストは存在しない。そのため、第1波から現在の第3波に至るまで、感染が拡大した際に、誰(どの労働者)を優先的に保護・支援すべきかについての積極的な議論は、筆者が知る限りなかった」とし、「今回のコロナ禍では間に合わなくとも、再び来る将来のリスクに備えた制度の改善と準備を今から始めておかなければならない」と的確に指摘されています。

 これに対して、日本は、新型インフルエンザ特措法では、こうしたアメリカの考え方を踏まえて、不可欠業務従事者を予防接種で優先することを定めていました。ところが、昨年以降、政府は、この接種順位を大きく歪め、後退させたのです。※

連続エッセイ「第60回 ワクチン接種について考える(2)ー 『不可欠業務従事者』を大切にする社会へ」参照。

 アメリカやカナダでは、今回のコロナ禍で働く不可欠業務従事者に対して、多くの州や自治体レベルで「特別手当」を出すなどの特別な措置をとっています。また、欧州諸国では、労働組合が、不可欠業務に従事する公務員や労働者の権利を後押ししています。とくに、コロナ禍で「外出規制措置」がとられた時期に、街中を走り回り、感染の危険を冒して食事や生活物資を各家庭に配達する運転手や二輪車配達員(ライダー)の果たす重要な役割が注目されるようになりました。

 この配達員たちは、まさに、コロナ禍の中で人々の暮らしを支える不可欠業務の従事者であることが可視化されたのです。ところが、彼ら・彼女らの不安定で低劣な労働条件、感染だけでなく事故の危険にもさらされている労働環境は、その大切な役割に見合わない過酷なものです。こうして、運転手やライダー自身がが声を上げる一方、世論の支持が高まり、労働組合による強力な支援がありまし。その結果、不可欠業務従事者保護が、各国の政府や経営者(プラットフォーム事業者)を巻き込む大きな社会問題(issue)になりました。そして、「ライダー保護」をめぐって、行政(政策)、司法(仏・西・伊・英の最高裁判決)、立法(スペイン・ライダー法(2021年5月))のそれぞれの面で大きな改善・前進がありました。※

 詳しくは、脇田滋「フリーランス・プラットフォーム労働をめぐる問題点と権利運動の課題」月刊全労連2021年4月号」エッセイ第54回 欧州におけるプラットフォーム労働(1)イタリア・ミラノ検察庁は何故、何を根拠に動いたのか第61回 「雪のストライキ」とボローニャ市・ライダー基本権憲章 ― 欧州におけるプラットフォーム労働(2)を参照して下さい。

 こうした欧米諸国と比べて、日本政府の不可欠業務従事者の保護の姿勢は、異常なほどに鈍感かつ消極的です。前・現政権の態度には、エッセンシャル・ワーカーへの尊重(リスペクト)がほとんど感じられません。こうした不可欠業務は、医療、保健、福祉・介護、保育・教育、運送・交通、宅配、清掃、建設、国や自治体の現場で働く公務員を含めて、テレワークが難しい「対面業務」です。コロナ禍の中で、関連労働者の多くが、過労死水準を大きく超えるほどに長時間、過酷な勤務に従事しています。

エッセンシャル・ワーカーへのリスペクトを欠く日本政府

 日本社会を現場で支える不可欠業務ですが、政府・自治体は、長年の新自由主義的な人件費削減政策をコロナ禍の緊急事態になっても改めようとしていません。感染抑制や住民へのサービスで急増した業務量に対応できない人員体制を大きく変えることをしません。非常時の急増した過重な業務を、平時でもギリギリな人員体制で済まそうとするだけです。こうした政府・自治体の姿勢は、健康・安全、家庭生活などの配慮もなく、労働尊重(リスペクト)に欠け、国際的な動向にも反する異常ものであると言わざるを得ません。

 日本の異常さは、欧米諸国との比較だけでなく、東アジアでも際立つことになっています。東アジアの労働環境はILOなどの多くの指標で、決して良いものとは言えません。東アジアは、共通して長時間労働、非正規雇用の広がり、労働組合の力など、否定的な水準です。しかし、コロナ禍への対応で、感染抑制で徹底した対応を示した中国、台湾、積極的な検査で対応した韓国の積極的な姿勢が際立ちました。ところが、3ヵ国に比べて、日本の「コロナ」感染者や死者の数・割合が目立って大きいことは否定できません。それは、日本政府が、感染症対策で消極的な姿勢、後手後手の対応に終始していることに大きな原因があります。

 しかし、ここでは、感染症対策だけでなく、不可欠業務従事者保護の面でも、日本政府の対応が、きわめて貧弱であり、OECD諸国だけでなく、東アジアの中でもきわめて低水準であることを強調したいと思います。

公務員削減でコロナ禍に対応できなくなった日本の国・自治体

 長年の新自由主義政策の結果、国や自治体の公務員や医療・保健・福祉・介護業務の従事者が大きく削減されました。地方自治体の正規職員は、1994年から50万人以上も減少しました。長期に勤務して経験を積んだ「正規公務員」が減らされ、不安定な「非正規公務員」が、住民の生命・健康、生活を支えることになっています。

 最近、コロナ禍や自然災害で住民対に当たる部署・業務に非正規公務員を動員する自治体が増えていると報道されています。従来、非正規公務員は、「庁内事務」などに業務が限定されていましたが、正職員削減や災害激甚化で動員されることになったというが、不安定な身分・待遇格差が大きい非正規公務員に過重な災害対応を強いることには大きな矛盾が生じることになります。

「災害対応に非正規公務員の動員増加 待遇改善は置き去り」西日本新聞2021年5月24日)によれば、非正規の割合が比較的高い九州7県の63市町村では、6市町が非正規を対応要員に加え、2市が動員を検討中・検討予定で、21市町村も「災害の規模次第で要員になりうる」と回答した、ということです。

 ところが、安倍内閣による「会計年度任用職員」制度の導入(2020年4月)によって、以前から不安定で劣悪な「非正規公務員」が、1年ごと(更新しても、多くは3年上限)の細切れ雇用となり、制度の谷間(身分保障もないのに、労働3権行使が困難)に置かれることなりました。さらに、「官から民へ」「民間委託」の名目で、不可欠業務従事者が、非正規雇用形態の無権利状態に置かれることになりました。

上林陽治『非正規公務員のリアル 欺瞞の会計年度任用職員制度』(日本評論社、2021年)坂井雅博「会計年度任用職員」導入による公務員制度の大転換(2018年4月)

 また、欧州で進んだプラットフォームを通じた無権利な「配達ライダー」保護の方向とは異なって、日本では規制緩和の延長としてフリーランス・個人請負による働き方を「ギグワーク」として拡大する政策が推進されています。そして、政府は、高齢者の「ギグ・ワーク」としてのフリーランス化などを掲げているのが、日本の特徴です。これは、欧米のフリーランス、プラットフォーム労働の保護政策とは対照的です。

 まさに、これは、企業、経営者側の要望に応える新自由主義政策の延長です。2021年3月、日本政府が示した「フリーランス・ガイドライン」は、効果的で積極的なフリーランス保護策とは言えません。例えば、配達ライダーへの労災保険法適用を求めるウーバーイーツ・ユニオンなどの要望には反しています。その代わりに、労働者自身が全額保険料負担する「特別加入」の対象とするものです。

 スペイン、イタリア、フランスなどは、使用者が保険料負担する労災保険適用をライダーにも一般の労働者と同様に拡大しています。韓国は、労使折半ですが、産業災害保険(日本の労災保険にあたる)の特殊雇用(個人請負)労働者への適用を拡大し、さらに、フリーランスへの雇用保険適用を拡大する法改正を行っています。

韓国:個人請負(特殊雇用)への産災保険(労災保険)適用拡大

 こうした日本の状況は、国や自治体自身が劣悪雇用を拡大し、また、無権利なままフリーランスを拡大するなど、世界の動向に反していることを強調していと思います。とりわけ、コロナ禍の中で社会を支える不可欠業務従事者と言える、非正規公務員や配達ライダーの保護が緊急に必要です。


次回予告
日本と同様に長時間労働、非正規雇用が多い隣国の韓国で、昨年秋からエッセンシャルワーカーを「必須業務従事者」として保護することが大きな政治課題となりました。そして、今年4月、国会で「必須労働者保護法」(正式名「「必須業務指定および従事者保護・支援に関する法律」が、与野党議員の大多数の賛成で成立しました。この法律の制定をめぐる経過と内容を中心に、韓国における新たな動向を次回のエッセイで紹介したいと思います。

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