朝日社説 特定秘密保護法案―民主主義に禍根を残すな

朝日新聞 2013年12月6日

 特定秘密保護法案が、きのう参院の委員会で可決された。

 廃案や慎重審議を求める野党や多くの国民の声を押し切った採決強行だった。

 国家公務員法や自衛隊法など、国家機密を保護する法制度はすでにある。それなのに、なぜこれほどまでに無理を重ねて採決にひた走ったのか。

 単に秘密を守るという目的にとどまらず、それによって政府の権力を強めようという狙いがあるとしか思えない。

■1強のおごり極まる

 成立すれば、公布から1年以内に施行される。このままでは、民主主義の基盤である国民の知る権利に大きな影響が出る。将来に禍根を残すわけにはいかない。

 7月の参院選で衆参両院のねじれが解消したとき、私たちは社説で安倍首相に「民意とのねじれを恐れよ」と訴えた。

 自公両党に両院で過半数を与えた有権者の思いは、安定した政治のもと景気回復などに取り組んでほしいというものだった。日本の針路を白紙委任したわけではなく、数の力を振り回してはならないとの趣旨だ。

 懸念は、最悪の形で現実のものとなった。

 与党は地方公聴会の翌日に採決に踏み切るなど、なりふり構わぬ国会運営を繰り返した。

 この間、自民党の石破幹事長は国会周辺での反対活動を「テロ行為」になぞらえた。閣僚なら進退も問われる暴言だ。

 それでも何事もなかったかのように採決に向かった政権の姿勢は、1強のおごり以外の何物でもない。

 「丁寧な対話を心掛けながら、真摯(しんし)に国政運営にあたっていくことを誓います」

 首相に返り咲いた安倍氏が初めての国会演説でこう語ってから1年もたっていない。この変わりようには驚くばかりだ。

 自民党に票を投じた有権者のなかには、裏切られた思いの人も多いはずだ。「しばらく選挙はないから」と高をくくったような傍若無人ぶりは、記憶にとどめられるべきだ。

■行政府に突出した力

 情報を制する行政府の力が三権の中で突出して強くなるのは間違いない。

 不思議でならないのは立法府の姿勢である。みずからの国政調査権を侵しかねない法案に対する異議申し立てが、与党からは聞こえてこなかった。

 首相ら50人を超える「行政機関の長」が、その裁量でいくらでも特定秘密を指定できる。その情報は数十万にのぼる。そして実務を担うのは官僚だ。

 膨大な特定秘密が放り込まれる「情報の闇」には、はっきりとした出口がない。

 米国の国立公文書館のように独立性の強い機関が監察権限を持つ。あるいは議会か裁判所がその役割を担う。そのうえで将来は必ず公開という「秘密の出口」を保証する――。これらは、民主主義の国の秘密保護法制に不可欠の原則である。

 ところが首相に言わせれば、日本では官僚が指定した秘密を官僚が検証する委員会が、「第三者機関」なのだという。

 秘密を扱う公務員はプライバシーまで調べ上げられる。相手がだれであっても「漏らせば懲役」のプレッシャーは大きい。

 罰則の網は、民間人にもかけられる。政府からの請負業務で知った秘密を知人にうっかりしゃべっても、原発や基地の情報を探ろうとしただけでも、処罰される可能性がある。

 チェック制度が整った米国でさえ、ドイツ首相への盗聴といった情報機関の行き過ぎが明るみに出た。

 首相は先の党首討論で、「情報保全の法律をつくるのだから、秘密にあたる情報を収集しなければ意味がない」と語った。その真意は何か。よもや米国流の「盗聴国家」になろうというわけではあるまい。

■知る権利を取り戻せ

 このままでいいはずがない。

 きのうの審議で、菅官房長官はさらに新たなチェック機関の設置を表明した。形ばかりの組織にさせてはならない。それは国会の責任だ。

 情報公開法や公文書管理法の改正も急務だ。

 民主党は両法の改正案を衆院に出した。情報公開法改正案には、裁判官が文書を調べて開示の可否を判断する「インカメラ審理」が盛り込まれている。公文書管理法改正案は、政府に閣議などの議事録作成と30年後の原則公開を義務づける。

 さらに内容を高め、成立への努力を尽くすべきだ。

 自民党と足並みをそろえてきた公明党は、公文書管理法の改正には前向きだ。首相も国会で山口代表の質問に答え、改正の意向を示した。よもや忘れたとは言わせない。

 秘密保護だけ先行させては、日本は行政府の力ばかりが強いいびつな国になってしまう。

 そこを正せるかどうか、最終的には主権者である私たち一人ひとりにかかっている。

この記事を書いた人