エコノミスト 2017年7月4日号
小林由美著『超一極集中社会アメリカの暴走』新潮社書、1500円+税)
制御不能の先に見える絶望の近未来
読み終えて戦慄を覚えた。人間が作り出したものが暴走し、制御不能の巨大な怪物と化して社会を脅かす。その印象は昔観たスピルバーグ監督の映画「ジュラシックパーク」第一作の衝撃に似ている。
著者はアメリカ在住の日本人女性証券アナリストの草分け的存在。前著に『超・格差社会アメリカの真実』(日経BP社、2006年)がある。
まず驚かされるのは富の極端な集中である。2014年現在、全世帯の所得分布を見ると、上位10%の世帯が下位90%の世帯とほぼ同じシェアを占めている。牽引したのは最上位0.01%の世帯である。最上位1万6500世帯の平均年収は2,900万ドル(29億円)に達する。
富裕層の仲間入りをするための教育の梯子を上るのは容易でない。エリート校のスタンフォール大学の授業料は年間4万7000ドル(470万円)。大学進学者の6割以上が学生ローンを借りている。学生ローンの15年末の総残高は、住宅ローンに次いで大きく、1.2超ドル(120兆円)に上る。
富の超一極集中の暴走は、とどまるところを知らない経済活動の金融化と情報化によってもたらされた。
衰退が言われて久しい製造業も盛り返しているが、08年のリーマンショックで崩壊したはずの金融は過去最高の利益をあげている。14年現在、金融業は従事者数では総就業人口の4.4%に過ぎないが、全産業の企業利益の19.2%を占める。
情報の世界の変化も凄まじい。20年あまり前に設立されたアマゾンの売り上げは今やウォルマートを超える。グーグル、フェイスブックも瞬く間に巨大企業に成長した。
おぞましいことに、人々の通信・消費情報は、すべて情報企業に把握されている。Eメールを送れば、内容、日時、送信者、受信者、配達経路も記録される。アマゾンやグーグルは利用者の趣味や関心や欲望を世界中の誰よりもよく知っている。
情報産業は業務の注文がオンデマンドであるだけでない。労働力も「究極の臨時雇い」のオンデマンドで調達され、そうなれは、労働者の生活が精神的にも経済的にも悲惨なものになることは目に見えている。
本書は、強欲資本主義アメリカの知られざる断層を明るみに出しているだけではない。何がヒットラー張りのトランプ大統領を誕生させたのか、社会主義者を自称するバーニー・サンダースが予備選でなぜあれほどの支持を受けたのかも見えてくる。
アメリカの絶望の近未来を考えるうえでも一読に値する労作である。