2017年は日本企業の「コンプライアンス」が問われた年であった。
この言葉は企業が法やルールに従って事業活動を行うことを意味する。「法令遵守」という訳語が用いられることもあるが、たいていはカタカナで表記される。それはこの言葉が表す実体が日本企業にほとんどないか、乏しいからである。
このことはこの秋に相次いで発覚した神戸製鋼所、日産、三菱マテリアル、東レといったメーカーの品質・検査不正についても言いうる。神鋼では自動車や航空機や新幹線にも使われるアルミ製品や銅製品をはじめとする多数の金属部材の検査データが多年にわたって改ざんされてきたことが明らかになった。
この事件では、日本の製造業の現場で何が起きているかに関心が集まり、私自身、熟練労働者の不足や非正規労働者の増加や労働条件の悪化に関連して、内外の多くのメディアから似たような取材を受けた。
NHKテレビのニュースウォッチ9では「バブルが崩壊した1990年代半ば以降、日本企業は海外との競争にさらされ、人件費を抑えようと非正規従業員を増やしたり、外部に業務を委託する動きを強めた。その結果、熟練技術者が少なくなり、現場力が崩れた」という私のコメントが顔写真入りのフリップで流れた(10月28日)。
これに要約されているように、事柄が雇用・労働問題に係わることは確かである。しかし、ことはそれにとどまるものではない。問題の検査データの改ざんは、顧客との契約や内規で定めた製品の品質や安全に関する基準を守っていないという点で、コンプライアンスの欠如を示す不正行為である。
年の瀬がせまって表面化した大手ゼネコン4社のリニア談合疑惑も日本企業のコンプライアンスの欠如を示している。リニア中央新幹線は、建設費9兆円、公的資金3兆円の国家的な巨大プロジェクトであるが、疑惑解明の行方によっては、国家的な巨大談合事件に発展する可能性も否定できない。
ゼネコンの談合体質は根深い。大林組は、株主オンブズマンの行った株主提案を受け入れて、07年6月の株主総会で、定款に談合をなくすことをうたった第3条(法令遵守及び良識ある行動の実践)を新設した。にもかかわらず、その後も同社の談合体質は改まらなかった。そのために、08年6月に役員の責任を追及する株主代表訴訟が提起され、その和解を受けて、09年6月には「談合防止コンプライアンス検証・提言委員会」が設置され、10年3月には再発防止のための提言書が発表された。このたびのリニア談合疑惑は、残念ながら、さきに述べたような談合決別の定款変更や再発防止の検証・提言だけでは談合はなくならないことを物語っている。
コンプライアンスの欠如は宅配便でも問われた。朝日新聞は、今年3月4日、「ヤマト、サービス残業常態化 パンク寸前、疲弊する現場」という見出しのもとに、ネット通販を支える宅配の現場がサービス残業で支えられている実態を報じた。翌日の続報では、ヤマト運輸が約7万6千人の社員を対象に未払いの残業代の有無を調べ、未払い分を支払う方針を固めたことや、必要な原資は数百億円規模にのぼる可能性があることを伝えている。類似の賃銀不払残業は佐川急便やその他の宅配会社にもある。
ワークルールが遵守されず、違法な長時間労働や賃金不払残業が蔓延するもとでは、企業のどんなコンプライアンスも形骸化してしまう。
白昼に衆目のなかで堂々と不正行為が行われるとは考えにくい、改ざんやねつ造などの悪質な行為は夜陰にまぎれてこっそり行われるのが常である。それゆえに私は労働時間が異常に長く、深夜残業が常態化していることが、日本企業の不祥事の温床になっていると思ってきた。この点で、川人博弁護士が電通事件の被災者の母親である高橋幸美さんとの共著『過労死ゼロの社会を――高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか』連合出版、二〇一七年)で、東芝の会計不正事件にも触れて、「違法な長時間労働を続ける会社では、業務不正が発生することが多いというのも、私の過去の経験知であります」と述べているのは傾聴に値する。
(「輸送経済新聞」2017年12月26日号からの転載)