今野晴貴さん「新型コロナ対応 厚労省の53%が「非正規公務員」の現実」 (2/27)

新型コロナ対応 厚労省の53%が「非正規公務員」の現実
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200227-00164904/
今野晴貴 | NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
2020/02/27(木) 15:10

 新型コロナウイルスの拡大がとまらない。感染症拡大の最前線で取り組むのは現場の公務員たちだ。しかし、この30年間、公務部門は、人員の非正規化や民間委託が進められ、人員や予算を削減され続けてきた。

 その結果、災害や感染症など「異常事態」が発生した際に、きわめて脆弱な体制がつくりだされてしまった。クルーズ船のずさんな対応などは、国内外から厳しく批判されている。いったい、いま、公務を担う現場にどのような異変が起きているのだろうか?

 本記事では、厚生労働省などの国家公務員を組織する日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)中央執行委員の井上伸さんと、地方自治体の労働問題に詳しい地方自治総合研究所研究員の上林陽治さんにそれぞれインタビューを行い、公共サービスを担う公務員の実情に迫った。新型コロナウイルスと非正規化が進められる公務員との関係を考えていこう。

■広がる非正規公務員

 非正規公務員とは、国や自治体で臨時職員や非常勤職員として働いている人々のことを指す。

 2016年に実施された総務省の調査によれば、臨時・非常勤職員は全国に約64万人存在し、2005年から約19万人増加している。国家公務員全体でも非正規(非常勤)化が進められており、非正規の割合は2012年の19.6%から2019年には22.1%まで上昇している。

 感染症対策の担当省庁である厚生労働省では、2019年時点で53%と、省庁の中でも最も非正規率が高くなっている。厚労省は、労働行政と厚生行政に分かれており、そのうち非正規率を引き上げているのは労働行政(ハローワークなど)が主だ。

 しかし人員削減や非正規化を進めた結果、「霞が関の常勤職員は過労死ライン超2〜3割、過労死の危険4〜6割、残業代不払い8割。新型コロナウイルス対策の脆弱性の背景の一つに公衆衛生の向上を担う厚労省の常勤職員が少な過ぎるという問題があります」と井上さんは指摘する。

 下の図に示されているように、厚生労働省の非正規比率は際立っているのである。

出典)内閣人事局「一般職国家公務員在職状況統計」より井上伸さん作成、提供

■感染症対策に対する人員・予算は削減され続けてきた

 さらに深刻な問題がある。それは、厚労省内には、今回のような感染症対策を担う専門機関として「国立感染症研究所」が設置されている。だがここも、予算削減の例外ではなかった。

 国公労連によれば「研究者は2013年の312人から今は294人に減らされ、そのうち任期付が44人で毎年の定員削減のため常勤になれるのは3割程度。ほかに無給の大学院生もいる」(パンフレットより)という。

 アメリカと比較すると、人員は42分の1、予算は1077分の1ときわめて脆弱である。「こんな体制では、新型の感染症に対する対応が十分にできるとは言い難い」(井上さん)。

〔図〕国家公務員をさらに3万人も削減 やめて
出典)国公労連のパンフレット
https://twitter.com/inoueshin0/status/1224654397000433665?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1224657868445454341&ref_url=https%3A%2F%2Fblog.goo.ne.jp%2Fyaya2001%2Fe%2F124648e6ea0f25b20015d1e5aee66246

■感染症対策を行う保健所も減少

 検査体制も弱体化している。感染が広がるなかで、厚労省は「感染が疑われる場合、まず最寄りの保健所へ」としているが、肝心の保健所の規模が大幅に削減されてきたのだ。

 保健所とは地域住民の健康や衛生を支える公的機関の一つであり、新型コロナウイルスなどの感染症が発生した場合には、その検査や対応も担っている。1992年には全国852カ所に設置されていた保健所は、2019年には472カ所まで45%も減少しているのである。

 こうした体制の不備は、今後感染が広がっていくなかで、地域住民の健康や安全を脅かす可能性がある。「保健所の意義を見直し、体制を強化していく必要があります」(井上さん)。

 この実情を訴えた下記のツイートは大きな反響を呼んでいる。


井上伸@雑誌KOKKO
@inoueshin0
厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A」に9カ所も登場する「保健所」。「感染が疑われる場合、まずは最寄りの保健所へ」とする厚生労働省ですが、その保健所の数はこの間、日本の人口は増えているのに、1992年の852から2019年の472へ45%も削減されています。保健所の体制強化が必要です。

Twitterで画像を見る
2,834
12:02 – 2020年2月25日
Twitter広告の情報とプライバシー
2,928人がこの話題について話しています
https://twitter.com/inoueshin0/status/1232138842263576577?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1232138842263576577&ref_url=https%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fkonnoharuki%2F20200227-00164904%2F


■新型コロナウイルスによる非正規公務員への影響

 国家公務員だけではなく、地方公務員の状況も深刻だ。地方自治総合研究所研究員の上林陽治さんは、公務員の非正規化が進んでいる現場で新型コロナウイルスの拡大がもたらす危険性に警鐘をならす。

(1)人手不足を背景にした感染症の拡大リスク

 「人手不足を背景に感染症が疑われるような症状があったとしても無理して出勤してしまうということが起きてくる可能性があります。すでに厚生労働省では、感染していた職員が、人手不足が要因で出勤するということが起きています。

 新型コロナウイルスの感染が拡大していくなかで、保健所や病院は平時以上に多忙な状況になりますが、問題は、そこの職員が無理をして出勤することで、逆に感染を拡大させてしまうというリスクが潜在的にはあると思います」。

 人手不足は民間にも共通する問題ではあるが、医療や衛生を担う公務員の場合は、それによる影響がより深刻に現れてくる。公務は私たちの生活や安全を守ために不可欠であり、民間以上に「休むわけにはいかない」状況がつくられやすいからだ。

(2)休業補償がなされない可能性

 新型コロナウイルスは、非正規公務員の労働問題を引き起こす可能性もある。たとえば北海道では小中学校の一斉休校が決まった。こうした措置が、非正規公務員にどのような影響を与えるのだろうか。上林さんは次のように指摘する。

 「本来は地方公務員には一部を除いて労働基準法が適用されます。そのため、休業になった場合には平均賃金の6割の休業手当を支払われるはずです。しかしながら、自治体のなかには労基法が地方公務員に適用されることを知らずに、休業させたはいいが、無給状態が発生してしまう可能性があります」。

 現在、民間でも感染対策で、休業補償を取得して休むことができることはまだまだ知られていない。公務員にもこうした制度が適用できるにもかかわらず、一部では適切に法律が運用されない恐れがあるというのだ。

 参考:新型コロナでひろがる出勤停止  知っておきたい「休業時の生活保障」の知識
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200223-00164282/

 「実際に東日本大震災後、図書館で同様のことが起きています。災害後、ある自治体で図書館を休館することを決めましたが、直接雇用している非常勤職員を、休業手当を支払わず、無給のままで休ませたのです。

 さらに、民間委託されていた図書館では、休館している期間は、運営していないからと委託費が支払われず、人件費がなくなり職員に給料が支払えなくなってしまいました。

 非正規公務員の多くが最低賃金レベルの賃金で働いているので、仮に6割の休業手当が支払われたとしても生活に困窮してしまう人が多く発生することになります。 

 新型コロナの感染拡大に伴い、休校などさまざまな措置がとられていくと思いますが、その矛盾は、非正規公務員にもっとも深刻に現れてきます。しかし彼ら彼女らは、平時において、低い労働条件にもかかわらず重要な仕事を担っていることが多いのです」

(3)安全が十分に守られない可能性

 さらに、災害や感染症が発生した際には、現場で業務を担うことの多い非正規公務員が「差別」され、危険にさらされる可能性があるという。

 「たとえばTwitterでは、マスクの配布が正規公務員優先に行われている、ということが指摘されています。しかし窓口業務や相談業務など、住民に直接対応する業務のほとんどは非正規化されています。感染リスクは非正規職員の方が高いにもかかわらず、安全対策はされない。

 なぜこうしたことが生じるのかといえば、非正規職員は人員としてカウントされていないからなのです。ヘルメットなど災害時の防護用具も用意されない例も多いのです。東日本大震災が起きたとき、ヘルメットなど、安全を守ための防災用具は正規職員の分しか用意されておらず、非正規職員には何も支給されませんでした」。

 こうした構造は、非正規職員の安全を脅かすだけではなく、災害や感染症拡大時の「異常事態」において、住民に不利益をもたらすこともある。

 「普段住民に接しているのは窓口対応をしている非正規職員なのですが、災害時になると正規職員が災害対応に当たることが多い。しかし、正規職員は普段は住民と接していないので、住民の顔も、どのような対応が必要なのかもわからず、住民対応に大きなロスが生じて非効率的です。正規と非正規の格差という構造問題が、コロナのような災害時リスクを増幅させます」と上林さんは指摘する。

■クビかもしれないのに新型コロナ対応?

 以上のように、非正規公務員は私たちの公共サービスを「前線」で支えている存在だ。

 だが、彼ら非正規職員は、「クビになるリスク」も抱えながら働いている。NPO法人官製ワーキングプア研究会が実施した「雇止めホットライン」に寄せられた相談事例からは、住民サービスの最前線で何年も働いてきた職員が、いとも簡単に雇い止めされてしまうという実情が浮かび上がる。

 児童相談所で働く女性。保育士だったが、A県の児童相談所の非常勤相談員になって4年。B市が児相を開設することで業務縮小となり、雇止め。改めてB市に応募したが、不合格とされた。

 図書館司書として働く女性。勤続10年だが、来年度から委託され「次の更新はない」と言われた。自分も含めて3人のパートがいる。組合や再就職支援の相談窓口はない。

 学校司書として働く女性。5年間働いたが契約満了で雇止め。会計年度任用職員に応募したが、6人のうち自分だけ落ちる。

 新型コロナウイルスの拡大により、図書館や学校、保育所などは休校などの措置がとられる可能性が高く、大きな影響を受けるだろう。場合によっては、雇い止めされてしまう可能性も少なくない。そのとき、もっとも被害を受けるのは非正規職員であり、非正規職員に支えられている公共サービスを受けている住民なのだ。

■感染症や災害発生時に備えた公務員体制の見直しを

 近年頻発する異常気象や新型コロナウイルスなどの感染症に対応していくためには、公共部門の見直しが不可欠である。

 こうした事態が起きることを前提にした場合、非正規公務員が拡大する現状を放置すれば災害リスクが増幅していく。災害が起きてからでは遅い。平時における非正規職員の労働環境を改善し、余裕をもって業務にあたれる体制を構築していくことこそが、災害時におけるリスクの低減につながるはずだ。

 新型コロナウイルスに伴うさまざまな措置の矛盾は、弱い立場にある非正規雇用にある人たちに集中する。POSSEでは下記の日時で、非正規雇用で働く労働者のための相談ホットラインを開催することにした。

 問題を抱えている場合、ひとりで抱えこまず、ぜひ相談してもらいたい。非正規労働者が声をあげていくことは、こうした状況を変えていくことにつながるだろう。


非正規公務員・労働者のための相談ホットライン

日時:2月29日(土)13〜17時、3月6日(金)17〜21時、8日(日)13〜17時

電話番号:0120-987-215(通話無料)

※相談料・通話料無料、秘密厳守

無料労働相談窓口
NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。


今野晴貴
NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人POSSE代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。年間2500件以上の若年労働相談に関わる。著書に『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)、『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書)など多数。2013年に「ブラック企業」で流行語大賞トップ10、大佛次郎論壇賞などを受賞。共同通信社・「現論」連載中。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。大学講師。無料労働相談受付:soudan@npoposse.jp、03−6699−9359。

konno_haruki
haruki.konno.9
official site
NPO法人POSSE
 

この記事を書いた人