第44回 『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』を刊行して (7/7、9/1更新)

  この7月に、脇田滋編著『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』(学習の友社)が刊行されました。
 「ディスガイズド・エンプロイメント」は、あまり聞きなれない英語です。この本の最初に、次のような記述があります。

 ディスガイズ(disguise) =隠蔽。偽装。
 日本で「雇用類似」と呼ばれる働き方は、国際社会では Disguised Employmentと呼ばれる。直訳すれば「偽装雇用」となるが、これは「雇用」と偽装するものではなく、逆に、本来は雇用と扱わなければならない働かせ方なのに、「個人請負(個人事業主)」だと偽装するという意味だ。すなわち「名ばかり個人事業主」「名目的自営業」である。
 実際には会社や契約先の指示通りに働かせながら名目上「個人事業主」にすることで残業代未払いや団交拒否も合法化しようというのだが、国際社会はこうした欺瞞的なやり方による使用者の責任回避を許さない取り組みを進めている。
 本書では、「雇用によらない働き方」の実態を紹介し、国際的視野に立った運動を提起する。

 第一部では、12もの分野・業種で働いている「名ばかり個人事業主」の実情と労働環境改善の取り組みを伝えています。次は、その目次です。

第一部 名ばかり個人事業主
① 事故と隣合わせの料理配達、補償は仲間の切実な要求-アプリの指示で街中を走るウーバーイーツ(前葉富雄)
② 「社員」が経費の赤字を会社に支払う給料日!-丸八グループによる個人請負の実態(高橋正規)
③ 税金が投入されている大企業の社会的責任を問う-電気計器工事作業員のたたかい(森治美)
④ 使い切った電池を入れ替えるような労務政策-「雇用によらないホテル副支配人」を体験して(渡邉亜佐美)
⑤ 不自由だけどフリーランス?-場所にも時間にも外見にも拘束される俳優(森﨑めぐみ)
⑥ 本業だけでは生計が立てられないアーティストの実像-音楽演奏者たちの仕事と生活から(土屋学)
⑦ 「委任契約はグレーゾーン」と認めさせ雇用化へ-法のはざまに置かれているヤマハ英語講師(清水ひとみ)
⑧ 会社にお金を払って仕事を得る業務委託の指導者たち-ヨガスタジオの認定制度と働き方(吉田明代)
⑨ ブラック企業の「裏ノウハウ」に利用されるオーナー制度-クリーニング業界に広がる取次営業契約(鈴木和幸)
⑩ 長時間労働・低賃金のスキームとしての業務委託契約-美容師・理容師の働き方と今後の運動(原田仁希)
⑪ 「二四時間」でも「時短営業」でも苦しいコンビニエンス-フランチャイズ・オーナーの叫び(酒井孝典)
⑫ 契約内容の一方的な不利益変更に泣かされる-インターネット通販出店者の従属性(勝又勇輝)

 そして、第二部では、私が「雇用によらない働き方」に国際基準で立ち向かう」を担当しています。

 本来、労働法や社会保障法は、委託や請負の形式であっても、その就労の実態が使用者(企業)の支配を受けて、従属的な立場で働いていれば、「労働者」として保護するために「労働者」の概念を広く考えてきました。これが、第二次世界大戦後、ILO(国際労働機関)をはじめとする国際的な常識でした。1947年に制定された日本国憲法も、27条、28条で労働者の基本的な人権を保障しましたが、広く労働者を保護するという考え方でした。しかし、その後、数十年を経過して、労働法や社会保障が整備される中で、使用者(企業)の法的責任や経済的負担が大きくなりました。そこで、使用者が責任回避できる「非正規雇用」が生み出され、その究極の形として「個人事業主」として働かせる脱法行為が広がるようになったのです。実際は、「労働者」であるのに、労働法・社会保障法の適用を回避する目的の「名ばかり個人事業主」です。

 2011年、労働法(ワークルール)の適用回避(エグゼンプション)の実態を告発する目的で、脇田滋編著『ワークルール・エグゼンプション 守られない働き方』(学習の友社)が刊行されました。最初に紹介した『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』は、その続編という意味をもっています。

 この9年間に、「名ばかり個人事業主」の種類や業種は大きく広がりました。とくに、2015年前後から、世界でインターネットを利用した新たな働かせ方が急速に広がりました。「プラットフォーム労働」「ギグ労働」と呼ばれて、大きな社会問題になってきたのです。日本も例外ではありませんでした。

 昨年、Asu-netが毎年企画している「つどい」では、「雇用によらない働き方」をテーマに取り上げました。当時、政府内部で、最初は経産省、続いて厚労省の中で、「雇用によらない働き方」の問題を検討していることが背景にありました。とくに、Asu-netでは、森岡孝二さんに相談が持ち込まれたヤマハ英語講師の問題に取り組んでいました。ヤマハ英語講師が労働局に相談に行ったところ、「あなた方は労働者でない」と門前払いされたことがきっかけでした。各地に散らばる講師たちが苦労して連絡を取り合い、労働組合を作って会社側と粘り強い交渉を重ねていたのです。

 「つどい」では、「この”働き方”おかしくない!?~『雇用によらない働き方』を考える~」をテーマを取り上げることにしました。そして、10月30日夕方、エル大阪で、この問題に取り組んで来られた北健一さん(出版労連)に講師をお願いし、68名の参加者で、現場からの報告を受けて熱心に議論しました。

 この「つどい」に向けて、私が書いた、連続エッセイ「雇用によらない働き方(上)」、「雇用によらない働き方(中)」、「雇用によらない働き方(下)」が、『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』の第二部「雇用によらない働き方」に国際基準で立ち向かう」の基になっています。

 今年になって、新型コロナ感染症の拡大と、それに伴う政府の「緊急事態宣言」によって、休業が広がり、多くの働く人が収入が大きく減ったり、仕事を失うという厳しい状況が発生しました。とくに、イベントなどが中止になったために、音楽、演劇、興行、スポーツなど、業務委託や請負で働く人が多い業種で仕事と収入を失う人が続出しました。Asu-netが支援しているヤマハ英語講師は、教室が休みになりました。そして、会社側は「1ヵ月分の2割だけを払う」という酷い対応をとりました。

 私が参加している「非正規労働者の権利実現全国会議」(略称:非正規全国会議)が3月18日以降、実施したWebアンケートでは、フリーランスの方からの回答も数多く寄せられました。

 「音楽演奏家・指導者のフリーランス。殆ど全ての仕事がキャンセルされ、収入がほぼ0です。(愛知県、40代、男性)」
 」翻訳・通訳のフリーランス。学会・国際会議・海外からの商談・講演会などがキャンセルになり、通訳がキャンセル、翻訳の依頼が激減。(兵庫県、50代、女性)」
イベント関連のフリーランス。
 「3月以降全ての仕事がキャンセルとなっており、無収入の状態が続いています。(奈良県、40代、女性)」
  〔冨田真平弁護士の報告より。非正規全国会議Zoom集会(2020年7月6日)〕

 『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』は、新型コロナ感染症が広がる前に企画されました。しかし、このコロナ禍の中で、「名ばかり個人事業主」たちは、格段に厳しい状況に置かれました。そのために執筆担当者が原稿を書くのも難しい状況がありましたが、何とか刊行することができました。むしろ、コロナ禍の中でこそ、この本を刊行する意義はきわめて大きいと思っています。この本が、多くの方に読んでいただき、名ばかり個人事業主の問題を知っていただければ、執筆者の一人として、また編者として、とてもうれしく思います。

首都圏青年ユニオンの原田仁希さんが、紹介を書いていただきました(働くもののいのちと健康No84(2020.8))

レイバーネットに北健一さんが、書評を書いていただきました。
「名ばかり個人事業主」の実態と課題に迫る〜脇田滋編著『ディスガイズド・エンプロイメント』
北健一(ジャーナリスト)

濱口桂一郎さんのhamachan ブログ(EU 労働法政策雑記帳) で紹介していただきました。
脇田滋編著『ディスガイズド・エンプロイメント』
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-99cb38.html

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