ヤマハ英語講師ユニオンの闘いから見えてきたもの

NPO法人働き方ASU-NET 副代表理事
川西 玲子

「名ばかり事業主」から「労働者」に

 労働組合を結成してから2年半、長期の団体交渉を積み重ね、2021年7月1日、株式会社ヤマハミュージックジャパンと雇用契約を結ぶ英語講師が誕生し、晴れて「名ばかり事業主」から労働基準法の適用を受ける「労働者」となった。ご支援に心からお礼を申し上げます。

労働組合の結成から、21回の交渉すべてにかかわって来て、労組法、労基法、労契法、労安法、育児介護休業法、あらゆる労働者保護法を駆使して、就業規則の全ての項目を団交のテーブルに載せて一から協議してきた。この闘いの中で改めて公務員法の枠の中で、矛盾に満ちた「会計年度任用制度」に手足を縛られた公務非正規の立場の理不尽さを強く実感してきた。

 闘いながら、強く逞しくなっていった彼女たちの取り組みの経緯と、そこから見えてきたものを報告します。

「労働組合を作るしかない」

 労働組合結成の発端は、私の所属している大阪のNPO法人「働き方ASU-NET」の労働相談に、森岡孝二代表(故人)を頼って関西大学森岡ゼミ卒業の英語講師の一人から「私たちの働き方、おかしくないでしょうか」と相談があったのが始まりだった。

 勤務場所、勤務時間、レッスンの方法、教材まですべて決められていて、一切の裁量権はなく、その上給与所得として源泉徴収もされているのに、何故「労働者」でなく、委任契約なのか。20年・30年働いても一日の有給休暇もなく、ケガをしても労災もなく、時間外労働、持ち帰り残業も山のようにある。なのになぜ労基法も社会保険も適用されない「事業主」なのか。不満は大きく、たまらず労基局に駆け込んだ。しかし委任契約書を見て窓口の職員から「あなた方は労働者ではない」と切り捨てられた言葉が、彼女たちを怒りで団結させるきっかけとなった。ゼミの恩師の口癖の言葉「おかしいことは、声を挙げなければいつまでも社会は変わらない」を思い出しASU-NETに駆け込んできた。

 学習会を何度か開催し、「労働組合結成しかない」と決意して、大阪の14名からユニオンはスタートした。最初から要求は「私たちを労働者に!」という「雇用契約締結」を高く掲げて結集した。しかし、労働組合の経験者は1人もおらず、規約づくり、要求書づくり、団体交渉と初めてのことばかり、そんな中彼女たちを奮い立たせたのは、次々と労働組合に加入してくる仲間たちだった。実は新潟でも組合を作りたいと動き始めたところだった、個別に会社に質問し回答を求めていた講師もいた。次々とそんな情報が寄せられ、まさに労働組合の立ち上げの期は熟していたのだ。

朝日新聞2019年1月29日

 HPを立ち上げ団交の様子を詳しく知らせながら、Webアンケートで実態や要求を集約し、組合加入を募ると、1年くらいの間に、北は北海道から、九州、沖縄まで全国各地から加入したいという申し入れがあり、瞬く間に100人を超えるユニオンになった。

コロナによる休業3ケ月は、労働者として目覚めさせた

更に追い打ちをかけたのは、コロナ禍の学校休業に準じて、延べ3ケ月の休業が実施され、委任労働者の弱い立場を浮き上がらせた。 休業で突き付けられたのは、委任契約(個人事業主)の不安定さだった。労働基準法が適用される「労働者」とは扱われないため、休業補償はなく、会社から提示されたのは1回きりの月額報酬の僅か2割の「お見舞金」のみで、あとは公的な支援を頼れというものだった。公的な支援を調べても、委任契約で確定申告をしていない給与所得者では何も該当する支援がなく、委任契約(個人事業主)なのに「給与所得者」という壁(法のはざま)が立ちはだかった。ユニオンでは、会社へ休業補償を求める緊急要求書を提出し、一方では経産省やつながりのある各政党への働きかけ、公的機関への問い合わせや「私たちにも休業給付金を」と働きかけを行った。その後、この問題はメディァも大きく取り上げフリーランスの運動にもなり、ようやく国を動かし休業給付金は受けることができた。最初から「労働者」として扱われていれば、こんな問題はなかったはずだ。

東京新聞2020年6月4日

 「私たちの置かれている位置はこんなにも危ういものだったのか!」「私たちがいなければこの事業は成り立たないのに、なんと会社の都合のいいように働かされていたのか」「3ケ月、どうやって暮らせばいいのか!」コロナ休業という緊急事態は、彼女たちの労働者としての自覚を急速に高め、組合員はさらに増え160人を超えた。

「これは団体交渉ですね!」「不誠実団交は許さない!」

 一番最初の団体交渉の日、会場に入り驚いた。机がロの字にならべられ、スクリーンが張られ、パワーポイントが映し出され、まるで会社の研修の場のようだった。

 「これは労組法に基づいた団体交渉ですよね」「労使でキチンと向き合って座りましょう」とまず机の配置を並べ替えさせるところから始まった。毎月1回のペースで交渉が進むにつれ、会社は一度回答すればあたかもそれが確定したかのように、労働組合との合意ができていないことまで、講師用の内部サイトに公表するなど不誠実な態度が目に余り、「不誠実団交は許さない」「不当労働行為として訴える」という抗議文を突き付けて、交渉態度を糾弾する場面もあった。団交には毎回東京から当該責任部長以下、弁護士を含む4~5名が、回答指定日までには文書回答を出してそれに基づく交渉が行われるようになった。

女性が妊娠・出産、育児や介護をしながら働き続けられる職場に

 就業規則の提案をさせ、146項目にも上る質問書を出し、一つ一つ協議していった。その結果は、最初の1年は有期契約ですが、2年目の更新から無期転換を可能とし、最長の人でも労働契約法の5回更新後の無期転換という定めを、1年前倒しで4回で無期転換できる制度としたこと。60歳からはシニア制度をもうけ65歳まで、賃金、労働条件の引き下げなく働けるようにしたこと。今までなかった賞与が年2回、各1ケ月分支給される制度を創設したこと。

 また、女性がほとんどの職場のため、「ライフサポート制度」というヤマハ正社員の制度に準拠した制度を作り、女性が育児・介護・看護をしながら働き続けられる制度を確立し、私傷病は有給で日数制限なく保障、家族の看護、育児のための送迎や学校行事への参加などの休暇も有給保障とさせたことなど、強い要求であった女性が働き続けられる職場づくりの条件を切り開いた。

あかはた2021.7.8

委任から雇用契約を希望した人は、適正検査や面接等の試験はあったが、希望者は全員移行することができた。しかし、大きな課題は委任契約に残った講師も多く、しばらくは委任契約と雇用契約が併存することになった。本来は望ましくないこのような状況に対して、今後の新規採用者は「雇用契約」でしか採用しないということを確認してきた。まだまだ課題は多いが今後粘り強く改善を求めたい。

雇用化の闘いの中で感じたこと

①労働組合の有効性と価値

 改めて労働組合のない職場の違法、無法の悲惨な実態と、労働者には労働組合があってこそ声が挙げられる。初めて労働組合に触れた彼女たちの「労働組合ってすごい!」という新鮮な驚きと確信に満ちた言葉に接して、労働組合の有効性と価値を今さらながら再認識した。

②きっかけの種をまき続けよう

 泣き寝入りから立ち上がるきっかけは、ヤマハ講師は大学ゼミの教師の言葉だった。先日は龍谷大の脇田ゼミの卒業生からも、損保でのひどい働かせ方について労働相談があり闘いが始まった。「はむねっと」のWebアンケートからは、これまで労働組合の声が届かなかった人たちの怒りの声が届くようになり、奈良県の会計年度任用職員の雇止めについては奈良県人事委員会に要請書を提出した。会計年度任用職員が人事委員会を活用して任用拒否の在り方に意義を申し立てたのだ。

 これまで声を挙げられなかった非正規職員には、それぞれ立ち上がる大事なきっかけがあった。義務教育で労働者の権利について学べない、今の日本の現状では、非正規労働者が声を挙げるのには、大きなエネルギーがいる。労働組合はもとより、ありとあらゆるところで、私たちが広く広くそのきっかけの種をまき続けよう。

③最新情報機器は労働組合の団結のツール

 ガリ版でビラを作った私たちの世代からは、考えられない時代が来ている。彼女たちは最初から、組合員のメーリングリストを作って日常的につながり、ホームページで情報発信し、ラインで意思疎通をし、団交の動画も発信する。ZOOMで執行委員会をし、学習会もする。Webで迅速にアンケートを取る。これら最新の情報機器を駆使して、わたしたちの時代の何倍も楽をして軽々と団結を図る。そのプラス、マイナスはさておいても、北海道から沖縄まで組合員が全国に散らばっていても、だからこそ意思統一が可能で団結して闘える。いまやWebは労働組合の強力なツールとなっていることを実感した。

④官民の「制度格差」なくす闘いを本格的に

 民間労働者は各種労働者保護法で守られている。今回のヤマハの闘いを通して、思い知ったのは 有期から無期への転換は、民間の場合は、「労働契約法18条」を活用すれば、それ以上の制度にすることも含めて、それほどの困難もなく団交を通じて実現できることを体験した。しかし「有期雇用の濫用が制度化」された会計年度任用職員は、任期の上限設定があり、明らかに逆行し官民の「制度格差」となっている。法の下の平等を問い、同じ労働者でありながら、スタートからの違いを許さない本格的な闘いをする時に来ている。

⑤雇用によらない働き方にこそユニオンを

 「名ばかり事業主」が労働組合を結成し、雇用化を勝ち取ったケースは珍しい。

労働者性を否定された状況で働く非正規労働者が、近年増え続け、「雇用によらない働き方」が拡大している中で、ヤマハ英語講師の雇用化の成果は多くの同様な雇用状況で働く労働者に希望を与えている。すでにウーバ-イーツユニオン、ヤマハ音楽講師ユニオン、ヨガインストラクターユニオン等が労働組合を結成して団体交渉をはじめている。

 官であれ、民であれ、労働者の闘いはつながっている。そして一つも無駄な闘いはない。

  2021年11月3日  


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