第64回 「誤分類(ごぶんるい)」という言葉を広げよう① 世界の動向を学ぶ

「誤分類」という用語が世界に広がる 

 労働者と同じように働きながら、雇用ではなく、委託や請負で働く労働者が増えています。その地位・権利の不安定さが日本だけでなく、世界でも大きな問題となっています。とくに、Uberなどの国際的なプラットフォーム企業の下で「個人請負」「自営業者」の形式で働くプラットフォーム労働者が広がっており、改めて、その無権利な働き方、働かせ方が注目されています。Asu-netでも2019年10月30日の「第30回 つどい」で「この”働き方”おかしくない~「雇用によらない働き方」を考える~」という集会を開催しました。その後、私の編著で『ディスガイズド・エンプロイメント 名ばかり個人事業主』という本を出版しました。この本では、第一部で12の事例について「名ばかり個人事業主」という働き方、働かせ方の問題点が、当事者からの詳しい報告で示されていて、大きな反響がありました。私が執筆した第2部では、ILOの2006年「雇用関係」勧告の意義を指摘し、アメリカや韓国での名ばかり個人事業主をめぐる裁判や法律の新たな動向を紹介しました。

 とくに、アメリカ・カリフォルニア州の2018年州最高裁のダイナメクス事件判決と、判決内容を法律として受け入れた2019年州法(AB5法)の「ABCテスト」の内容に注目しました。この「ABCテスト」は、独立請負契約者についても原則「労働者(従業員)」と推定し、真の独立請負契約であるかどうかについて、ABCの3要件を課して、それに適合するか否かは、使用者側に立証責任を負担させるものです。これは、「労働者性」の立証を労働者側に課している日本を始めとした従来の考え方に大きな影響を与えるものでした。

ディスガイズド・エンプロイメント

 

 そこでは、詳しく触れませんでしたが、こうした「ABCテスト」は、このカリフォルニア州で初めて現れたものではなく、アメリカの労働行政や税務行政機関が示してきた考え方とも共通するものです。そして、アメリカでは以前から、本来、労働法や社会保障法が適用対象となる「労働者」として扱うべき者を、適用がない「独立個人請負契約者」とする使用者側の慣行を違法な「誤分類(misclassification)と扱ってきました。

 日本では、「誤分類」という用語はほとんど使われてきませんでした。しかし、世界ではアメリカ以外にも徐々に広がろうとしています。たとえば、2016年にILOが刊行した『世界の非標準的雇用:課題の理解と展望の形成(2016年)』(日本語訳)という本でも、従来の「非常用雇用(temprary employment)」「パートタイム・オンコール雇用(part-time and on-call work)」「複数当事者間雇用関係(multi-party employment relationship)」と並んで「偽装雇用/従属的自営業(dependent self-employment)の4類型が挙げられています。

 この最後の類型については、さらに「偽りの、または誤分類された自営業」という説明がされています。誤分類とは「事実上、従属的雇用関係にありながら、意図的に独立の自営業者として分類する」ことです。そして、アメリカの2015年にあった最低賃金の支払いを逃れるために労働者を誤分類し、集団訴訟が起こされたクラウドワーク・プラットフォームの事例が紹介されています(34頁)。また、イタリアで「準従属的雇用関係」にあった労働者に一定の労働・社会的保護を認めた2003年法改正が誤分類を正した例として挙げられています。さらに、ILO2006年勧告が、各国が雇用の誤分類に取り組む政策を考案する際に指針とできる幅広い原則が含まれているとして、各国が誤分類に取り組む事例を紹介しています(201頁以下)。

「誤分類」という用語を広めよう

 日本でも、この「誤分類」という言葉と概念を広めることが必要だと思います。その理由は、①ILOが2006年勧告で使っていた「ディスガイズド・エンプロイメント」は、カタカナでは長すぎ、また、余り知られていない英語で意味が分かり難いこと、②「名ばかり個人事業主」も言葉としては良いのですが、やはり9文字もあって長いという難点があること、③政府が使う「雇用によらない働き方」、「雇用類似の働き方」、「フリーランス」などは、その問題点を示していないという欠点があるからです。

 かつて「過労死」という言葉を、1980年代初めに日本の労働医学者が使い始めました。さらに、1985年に始まった「過労死110番」活動などで日本全体、さらには、「Karoshi」という世界語として広がりました。日本政府は、公式の行政・法律用語として使うのを避けていましたが、2014年の「過労死防止法」によって「過労死」という用語が公的に使われ、「過労死防止」が広く受け入れられることになりました。

 これに対して、「誤分類」は、アメリカ発の言葉ですが、その後、ILOやEU諸国などでも使われるようになっています。「誤分類」は、①3文字の漢字語として使い易いこと、②本来、労働者として扱うべき人を故意に個人請負に分類する使用者の違法雇用慣行であることを端的に示していることから、その問題を提起する労働運動としても積極的に使うべき言葉だと思います。当面、「誤分類」だけでは分かりにくいので、「労働者を違法に個人請負とする『誤分類』」などと説明して使い、ある程度、広がっていけば「誤分類」だけで意味が通ずるようになると思います。そして、「誤分類防止」が広く受入れらることにつながると考えます。

 今後、このブログでは、「誤分類」についての関係記事をできるだけ頻繁に取り上げる積りです。そこで、「誤分類」という言葉を使いだしたアメリカ連邦政府のホームページにある関連情報を紹介することにします。

誤分類と真の費用-アメリカ労働省ブログから

 アメリカ連邦政府・労働省(DOL-U.S.Department of Labor)は、「誤分類」について多くのページで重要な情報を提供しています。その一部(〔情報〕誤分類にまつわる迷信)については、このブログでも紹介しています。今回は、米国労働省、賃金・時間課の主席副管理者であるジェシカ・ルーマンさんが、2021年5月6日に掲載した「誤分類の真の費用(The True Cost of Misclassification)」というブログ記事は、誤分類について要約的に説明する分かり易い内容でした。そこで、それを日本語に試訳して、いくつかのコメントを追加しながら以下に紹介します。


私たちは、エッセンシャル・ワーカーの保護に力を入れていますが、そのための基本的なステップは、使用者が労働者を従業員として扱うことです。
私たちが調査でよく目にする違反行為は、従業員(employee)を独立請負契約者(independent contractor)として誤分類(misclassification)することです。例えば、レストランの使用者が、皿洗いを独立した契約者として誤分類することがあります。そして、その皿洗いが週に65時間働いても、使用者は(違法に)25時間分の残業代の支払いを免れるのです。
残念ながら、この行為の真の費用は、使用者が盗んだ※25時間分の賃金をはるかに超えるものです。

レストランで働く女性の皿洗いの写真

※訳注 「使用者が盗んだ(stole)」という表現に驚きますが、アメリカでは使用者が、法定の最賃や残業代を払わないことを「賃金窃盗(wage theft)」と呼び、誤分類はその一つとされています。

誤分類は、従業員が、残業代、最低賃金、家族・医療休暇、場合によっては安全な職場など、従業員が受けるべき重要な手当や保護を受けることをできなくします。米国財務省、社会保障基金、メディケア基金、州の失業保険基金、労働者災害補償基金に多大な損失を与えています。すべての納税者をだますことになるのです。経済全体を蝕んでいるのです。

実際、従業員を独立請負契約者(independent contractors)に分類することは、今日の経済において最も深刻な職場問題のひとつです。それゆえ、米国労働省は最近、1月に発表した独立請負契約者に関する規則を撤回しました。※この規則が施行されていれば、労働者保護の低下をさらに助長することになったでしょう。

 ※訳注 労働省(DOL)賃金・労働時間課(WHD)は、昨年、トランプ大統領が任期末期に進めた従来の基準を緩和する内容で、労働組合や労働側関係者からの批判が集中していた「独立請負契約者規則」(2021年1月7日官報掲載)の施行を延期し、2021年5月6日付で正式に撤回しました。この規則は政府の「誤分類」の判定基準でしたが、撤回によって従来通りの判断が維持されることになりました。この撤回は、バイデン政権が大統領選挙で公約していたもので、労働組合だけでなく、多くの法律関係者も歓迎しています。

労働者を独立請負契約者に分類することで、労働者に柔軟性を与えることができると主張する人もいます。しかし、低賃金、予測不可能な勤務日程、雇用の安定性の欠如は、柔軟性ではありません。多くの労働者は、予測可能な収入保障と、子供が病気で学校を休むなどの不測の事態にも仕事を失うことなく対応できる能力を求めており、使用者は従業員のニーズに合わせて勤務日程を選択することができます。これは、使用者と従業員の関係の中で実現できることです。言い換えれば、労働者は自分のニーズに合った勤務日程を組むために、基本的な法的保護や生活に必要な賃金を諦める必要はありません。
誤分類された低賃金労働者もまた、搾取の対象となります。未成年者、移民や季節労働者、英語力の低い移民、その他の弱い立場の労働者は、職場での権利を行使すると報復される恐れがあるため、差別的な扱いや賃金を受けることになります。


また、誤分類は、法律を遵守している使用者に競争上の不利益をもたらし、市場での不平等な競争を招くことになります。
健全な経済には、連邦労働法による従業員の基本的な保護が不可欠です。例えば、残業代の支払い義務は、使用者がより多くの労働者を雇用することを促すことにより、利用可能な雇用機会を広げることで、雇用創出を促進します。また、最低賃金と残業代は、労働者が家族を養うのに十分な収入を得ることを可能にします。この購買力は、企業の成功や労働者の雇用拡大につながり、経済を維持します。


賃金・労働時間課(Wage and Hour Division)は、労働者が弱い立場にあり、違反が横行していると思われる部門に重点的に取り組んでおり、建設、介護・家庭看護、清掃、造園、レストランなどが含まれます。そして、この取り組みは成果を上げています。例えば、テネシー州の在宅医療サービス会社が、独立請負契約者と誤分類していた50人の労働者に対して、35万ドル以上の賃金を回収し、ある調査で見つかった残業違反を解決しました。この使用者は、意図的に労働者を独立請負契約者として誤分類し、残業規定が適用されないと偽って、週に40時間を超える労働時間に対して通常の賃金を支払っていました。
誤判定のコストは高く、広範囲にわたっています。国家として、この問題を無視するわけにはいかないのです。
賃金・労働法についてのご質問がありますか?当局のフリーダイヤルのヘルプライン(1-866-4-USWAGE(1-866-487-9243))にお電話いただくか、オンラインでお問い合わせください。

 以上のように、アメリカ連邦政府・労働省は、「誤分類」の意義を要約的に指摘しています。
 つまり、誤分類は、
 ①従業員が、残業代、最低賃金、家族・医療休暇、場合によっては安全な職場などの法律が定めた手当や保護を受けられなくすること、
 ②財務省や国・州の社会保障基金に多大な損失を与え、すべての納税者をだますこと、
 ③法律通り使用者責任を果たす正直な企業を経済市場で不利な立場に追いやり、経済全体を蝕むことという、

三つの弊害があるということです。

 日本では、これら使用者による労働・社会保障法の責任回避にともなう三つの弊害の中で、①の個別労働者が使用者から受ける被害が重視されてきました。これに対して、アメリカでは、それだけでなく、②の国、州や社会保障基金、納税者全体が被害を受けること、③違法な企業が経済市場で不当に有利な地位を占める不正義が重視されていることに注目する必要があります。今後、日本でも、この②や③の視点から、「誤分類」を防止する必要性を強調することにも重点を置いていくべきだと思います。

 

この記事を書いた人