今年度春から「1日8時間労働制」になったヤマト運輸
ヤマト運輸における「大量リストラ」が話題になっている。小型荷物の配送を委託してきた3万人に及ぶ個人事業主との契約を2024年度末までに終了し、報道によれば、さらに数千人の非正規雇用労働者、無期雇用契約の労働者までもが契約を打ち切られるという。同社は「個別の契約に関わる事項」などと報道に回答しており、誠実な対応が期待できないのが現状だ。
そうした一方で、ヤマト運輸の配送ドライバーたちにとって、今年度から画期的な働き方の変化があったことは、あまり世に知られていない。
ヤマト運輸では今年4月から、1日8時間、週40時間の法定労働時間での勤務が全国の営業所で始まっている。1日8時間を超えて働いたら、その分の残業代の割増が発生し、そのまま時間外労働の規制の対象になる。当たり前だと思われるかもしれないが、実は同社においては、そうではなかった。
というのも、ヤマト運輸では「変形労働時間制」が長らく取り入れられており、例え1日10時間のシフトがあっても、他の出勤日の労働時間を短くしたり、出勤日を減らしたりすることで、8時間を超えた分の割増残業代を払わなくて良い仕組みになっていた。ところが、その変形労働時間制が全国で一斉に廃止されたのである。
その背景には、ヤマト運輸で働くドライバーによる6年にわたる争議と訴訟があった。原告のAさんは総合サポートユニオンの組合員、代理人弁護士は北大阪総合法律事務所の中西基弁護士、関西合同法律事務所の清水亮宏弁護士である。訴訟に至る経緯や職場の実態について、詳しくはこちらの動画をみてほしい。
ヤマト運輸の変形労働時間制はなぜ「違法」?
動画でも述べているように、変形労働時間制は、あらかじめ一定の変形期間において、1週間あたりの所定労働時間を調整し、「平均」で本来の週の法定労働時間である40時間以内に収めさえすれば、会社が1日や1週間ごとの所定労働時間を設定する際に、それぞれ8時間や40時間を超えていても、残業代割増や時間外労働の規制を逃れることができる制度だ。
ヤマト運輸に対して変形労働時間制の違法性をめぐって争われた訴訟の、主要な争点は二つだった。
第一に、シフトが変形労働時間制の1ヶ月の「上限」を超えた労働時間で作成されていたことだ。変形労働時間制では、労働時間の合計が上限(週平均40時間から計算される)にとどまるように定めておくことが義務づけられている。「1ヶ月単位」の変形労働時間制の場合では、1ヶ月の所定労働時間の合計を177時間8分(31日間の月)や171時間25分(30日間の月)などに抑えれば良い。
Aさんのヤマト運輸の営業所では、毎月配布される書類によって、労働者一人一人のシフトが明らかにされていた。Aさんの手持ちの2017年8月のシフトを見ると、「労働」時間が「237時間」、「超勤」時間が「74時間」と表記されている。この場合、「所定」労働時間は163時間となり、上限の177.1時間以内に収まっている。しかし、残業時間を含めると、あらかじめ定められた労働時間の合計は、177.1時間をはるかに超えている。このように、Aさんの営業所では変形労働時間制の上限に違反したシフトが常態化していた。
じつは、今回のヤマト運輸と同様の事例の判決がある。この事件では、時間外労働を含めて労働時間の上限を超えるシフトをあらかじめ定めていた職場において、1ヶ月単位の変形労働時間制の違法性が争われた。判決は変形期間の労働時間の合計の上限は、所定労働時間だけでなく、あらかじめ定められた時間外労働を含んで収めるべきものであり、時間外労働を含めて上限を超える場合には、変形労働時間制の適用は認められないとしている(東京地判平成28年1月13日)。
このように、シフトにおける労働時間の合計が、時間外労働込みで変形労働時間制の上限を超えている場合は、変形労働時間制は無効となると明確に示されている。この判決に従えば、ヤマト運輸の変形労働時間制は無効ということになる。
第二に、ヤマト運輸はシフトを頻繁に変更していた。変形労働時間制では、あらかじめ始業時間、終業時間を「特定」することが前提条件だ。しかし、これでは変形期間における労働時間があらかじめ「特定」されていたとは言えず、ヤマト運輸の変形労働時間制は違法であり、無効であると主張された。
この訴訟の高裁判決を待たず、ヤマト運輸は突然、変形労働時間制の廃止を決定したのだった。
変形労働時間制の狙いは「権利行使の抑制?」
変形労働時間制は、非常に複雑な制度だ。どのような要件があるか、シフトにおける所定労働時間や時間外労働時間が上限を超えていないか、労働時間は特定されているか……。変形労働時間制が適用された場合の残業代の計算も非常にややこしい。「変形だから」と経営者に言われてしまうと、自分が違法な状況に置かれているのかどうか容易にはわからない。これが変形労働時間制の最大のデメリットであり、逆にいうと経営者にとってのメリットといっても良いのではないだろうか。労働者に自分の権利行使を抑制させやすい制度であるということだ。
冒頭でも触れたように、ヤマト運輸では新たに大規模な労働問題が発生している。しかし、今回の変形労働時間制の廃止も、たった一人のドライバーが声をあげ続けた結果だ。複雑な変形労働時間制でも、あきらめず粘り強く闘うことで会社全体を変えることができたのである。
ヤマト運輸で現在困っている人たちも、大企業だからとあきらめず、ぜひ声をあげてみてほしい。(総合サポートユニオン執行委員・NPO法人POSSE理事 坂倉昇平)
※参考記事