法改正が偽装を生み出す? 「偽装一人親方」の真の問題とは何か

かわちの自営業者

1 ジェットコースターのような「一人親方」の増減

いま話題の「フリーランス」。今年成立したフリーランス保護新法によれば「特定受託事業者」という名称で定義されています。

本稿では、代表的なフリーランスの類型である建設業の「一人親方」について考察します。

一人親方は増えているのか、減っているのか。一人親方の「労災保険特別加入」を扱う大阪のある労働保険事務組合の公表されている会員数は次のように推移しています。

2012年度2013201420152016201720182019202020212022
1007人1206160819962905376639064127404139043731

※会員数は年度末(3月31日)のもの

2012年度にようやく1000名に達した会員数が、7年後には何と4000名を超えています。さらに注目すべきはここ3年で1割減少し、今後も減少が予想されていることです。

なぜ、ジェットコースターのような増減が起こっているのでしょうか。

2 「偽装一人親方」(建設業の偽装請負)とは何か

国土交通省は2012(H24)年以来、健保・厚生年金・雇用保険の加入拡大を進めました。建設業が3保険の加入率で、他の業種に大きく後れを取っていることから、厚生労働省・日本年金機構以上に強硬に加入拡大に取り組み、①社会保険未加入事業所をなくす②現場から社会保険未加入労働者を締め出す、と目標を掲げました。

中小企業の多くは、このやり方は「掛け声だけ」「ついていけない」と感じていましたが、大手・ゼネコンは国土交通省の要請に応えるべく(法令遵守?)、下請企業へのハードルを課していきました。「作業員名簿に雇用保険番号がないものは認めない」等の方針により、社会保険料の負担が困難な下請企業にしわ寄せされ、労働者を雇用する体力のない下請企業から外注化された「一人親方」が多数生み出されました。

前記の労働保険事務組合の会員増加は、国土交通省=大手・ゼネコンの意向とそれに堪えられない下請企業の動向にピタリと符合しています。

ところが、国土交通省は「社会保険加入の規制逃れ」のための「一人親方」増加に注目し、2020(R2)年に「建設業の一人親方問題に関する検討会」を設置しました。その中間とりまとめ(2021年3月)において「偽装請負の一人親方として従事している技能者も一定数存在」「偽装請負としての一人親方化を進めることは、(中略)社会保険加入対策の根幹を揺るがす重要な問題」と指摘するに至りました。これを受けて大手・ゼネコンは「疑わしい一人親方は認めない」と、手のひらを返しました。

これが、前記の労働保険事務組合のここ数年の会員減少の要因であることは疑いありません。

3 製造業の「偽装請負」とは何か

製造業に目を転じると、「偽装請負」という用語は馴染みあるものでしょう。2006年の流行語大賞にもノミネートされています(ちなみに年間大賞は「イナバウアー」と「品格」)。

この言葉にも暗い歴史があります。現代の「働き方」をめぐる問題にも通じることなので、少し詳しく述べます。

労働者派遣法は1985年、職業安定法で全面禁止されている「労働者供給事業」から比較的強制労働につながるおそれのない部分を取り出して「労働者派遣事業」とすることにより成立しました。労働者派遣法成立以前に大きく広がっていた「請負」との違いが分かりにくいことは、当初から懸念されていました。派遣先の指揮・命令によって、派遣労働者が労働するのが「派遣」、注文主から請け負った請負業者が自ら雇用している労働者を使って業務をおこなうのが「請負」です。

2003年、財界が待ち望んだ製造業派遣が解禁され、派遣労働が一気に広がるもとで、労働者派遣法の多くの制約を免れることを目的に、本当は「派遣」(派遣先が指揮・命令している)なのに、「請負」と見せかける、「偽装請負」(労働者派遣法違反)が大流行したのです。

リーマン・ショックで多くの派遣労働者が雇止めになり、「年越し派遣村」に象徴される社会問題となり、その後の民主党政権時に労働者派遣法は規制強化(労働者保護)に転じました。しかし、再度の政権交代により、あっけなく規制緩和の方向に逆戻りしてしまいました。

この経過はプロ野球における「統一球」の導入になぞらえることができるでしょう。ボールが飛びすぎるからと新しいボールに変えたものの、ホームランが減って野球の魅力がなくなったからとわずか2年で元に戻す。労働政策においても同様のことがおこったのです。

4 法改正のマッチポンプ

さて、「偽装一人親方」(建設業の偽装請負)と製造業の「偽装請負」の共通点は何でしょうか。

労働者派遣法成立・拡張によってその土壌が作られた「偽装請負」が社会問題となるや、それを取り締まるために、「労働契約申込みみなし制度」などの規制強化がおこなわれました。

国土交通省による社会保険加入の規制強化が大きく影響して増加した「偽装一人親方」を取り締まるために、同省によりキャンペーンが張られているわけです。

法改正がマッチポンプ(火付けと火消し)の役割を担っていると思えてくるのです。

5 「偽装一人親方」急増の本当の理由と対策

「国土交通省は一貫して建設業における社会保険加入逃れを追及しているのであり、従わない方が悪いのだ」という声も聞こえてきます。 

筆者は「一人親方」急増の本当の理由は、次の点にあると思います。

(1)建設業界における重層的下請構造

建設業の重層下請による弊害は、建設業法で「丸投げ」が禁止されているもとでも、根強く残されています。

請負金額に対する「中間手数料(中間搾取)」が2割とすると、各階層の受け取る請負金額は、下表の様になります。労務費の面では下請企業の労働者の低賃金、資材の面から見ると品質低下につながります。鉄骨不足で傾いたマンションが想い起されます。中間搾取に対する実効力のある規制が求められます。

 【解体工事の現場のモデル】

階層別請負金額中間手数料現場に出る人数
元  請1000万円200万円1人
1次下請800万円160万円1人
2次下請640万円128万円1人
3・4次下請、一人親方512万円 5人

(2)下請企業に重くのしかかる社会保険料負担

低単価に苦しめられる下請建設企業に、さらに社会保険料負担が重くのしかかります。「最低賃金千円台突入」で、厚生労働省は「年収の壁・支援パッケージ」を打ち出しました。最賃引上げによって、パート労働者と企業の社会保険料負担が増えることに対し、助成金を新設するなどとしています。お隣の韓国では、「全国一律最低賃金制度」が実施され、事業主負担分の社会保険料の免除・軽減が広がっているといいます。一部企業への助成ではなく、中小企業全体に行きわたる対策が求められています。

(3)建設業従事者の意識改革が不可欠

「社会保険に加入して手取りが減るくらいなら雇われて働きたくない」「どうせ年金なんかあてにできない」。そんな声を聞くと、「ケガと弁当は自分持ち」と言われた時代から建設業従事者の意識は大きく変わっていないと感じます。

同時に「自己責任論」がどの業界よりも根強いと思います。

一人親方にとっての「労災保険特別加入」は、現場への「通行手形」として、自分で保険料を負担するため、最低の給付希望日額(3500円)で加入する人が大半です。その結果、ケガをして休業するときの補償額は1日あたり2800円に過ぎず、「転ばぬ先の杖」には程遠いのです。その反面、民間の「上乗せ保険」に頼る傾向も見られます。

建設業従事者への労働法や社会保険の基礎的な知識の周知が欠かせないと思います。

6 真の「一人親方」の未来は

建設業界は労働時間上限規制の適用開始(2024年4月)を目前に、人材確保が急務です。若い世代の「建設業離れ」を補うため、外国人労働者に頼る傾向も顕著です。労働時間の規制によって、違法な長時間労働を強いて工期を短くするやり方は通用しなくなるでしょう。

法改正に伴い、元請・下請の関係が「建設的」になることが期待されます。

建設労働者の雇用環境が改善されなければ、「偽装一人親方」問題は解決しません。

建設業を生業とする真の一人親方(特定受託事業者)が大切にされるよう、正しい政策が打ち出されるか、今後も注目するとともに、日常的に一人親方と接する社会保険労務士として、その声を聞き、実態を知り、情報発信を続けていきたいと考えています。

この記事を書いた人

かわちの自営業者