残業、実態は最大7倍 夫が過労自殺「過少申告」提訴へ

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朝日新聞デジタル 2015年7月28日
 
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夫が死の数カ月前に受けた会社のメンタルヘルス研修の資料。「無気力」「自殺念慮」「疲労倦怠(けんたい)感」に丸印をつけていた(省略)
 
 会社員の夫(当時57)が過労でうつ病になって自殺したのは、自己申告制だった労働時間の過少報告を余儀なくされ、長時間残業を強いられたためだとして、大阪府内に住む50代の妻ら遺族が会社に約1億4千万円の賠償を求める訴訟を来週にも大阪地裁に起こす。1カ月の残業時間は自己申告の最大7倍だったことが労働基準監督署の推計で判明。会社の労務管理が適切だったかが問われる。

 労働時間の自己申告制をとる企業は近年目立つ。遺族側代理人の立野(たちの)嘉英弁護士(大阪弁護士会)は「自己申告は働き方の実態を見えにくくし、過労死の温床になり得るという問題点を裁判で問いたい」と話す。

 夫はシステム開発会社「オービーシステム」(大阪市、従業員約390人)に35年以上、システムエンジニアとして勤務。2013年2月に東京へ転勤となり、主任技師として官庁のシステム開発業務の取りまとめにあたった。だが同年秋ごろ、うつ病を発症。昨年1月、単身赴任先のマンションから飛び降りて亡くなった。自己申告の「勤務実績表」には、残業は月20〜89時間と記していた。

 品川労基署は職場のパソコンのログイン記録などから、うつ病を発症する直前の残業時間は国の過労死認定ライン(2カ月以上にわたり月平均80時間以上)を大きく上回る月127〜170時間と推計。昨年9月、自殺は極度の長時間労働が原因の労災と認めた。

 夫は生前、妻に「働いた時間をあまり長く書かないよう上司から言われている」と話していたという。妻は「会社側は自己申告制を隠れみのに実際より少ない労働時間を申告させ、死を招くほどの過酷な働き方を強いた」と訴える。

 オービー社は労災認定前に遺族に示した書面で、自己申告の労働時間は上司の確認も経て適切に管理しており、過労死認定ラインを超えるような過酷な残業はなかったと説明。同社の代理人弁護士は取材に「提訴前なのでコメントは控えたい」と話した。

■同僚にメール「仕事無理」

 《9:00〜18:00》

 《9:00〜21:00》

 夫がうつ病になる数カ月前、会社へ出した勤務実績表には連日、切りのいい時刻が入力されていた。しかし、労基署が裏付けた労働時間は所定の1日8時間を大幅に超過。残業時間だけで8時間(13年4月)、6時間9分(同5月)に達する日もあった。妻は「一目見れば申告内容は不自然とわかる。なぜ誰も助けてくれなかったのか」と嘆く。

 長時間の残業は以前から日常化していた。「本当に今の仕事は無理なんです。どうすることも出来ません」。残業を重ねても計画通りに仕事が進まない焦りを同僚らに訴えるメールが、遺品の携帯電話から見つかった。悲鳴を知った上司からは「リーダーを育てる年代なのに、このままだと終わってしまうよ」と非情なメールも届いていた。

 夫は亡くなる2カ月後に予定されていた娘の結婚式を楽しみにしていた。だが死の直前には口数が減って笑顔も消えた。労働時間を正直に申告しづらい状況に追い込まれていると妻にこぼすこともあったという。

 厚生労働省委託の事業者アンケート(13年実施、回答4042社・団体)によると、一般的な労働者(裁量労働や管理職など除く)の労働時間に自己申告制を導入している事業者は24・9%。タイムカードなどによる管理の46・1%に次いで多かった。厚労省は自己申告制について「労働時間の管理があいまいになりがち」と指摘。働き手への説明を尽くし、労働実態の調査も企業側に求めている。

 森岡孝二・関西大名誉教授(企業社会論)は「過重労働の実態を見えなくする自己申告制は好ましくない。導入するとしても、客観データとの厳密な照合が不可欠だ」と話す。(阪本輝昭)

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