東大社研の派遣の働き方に関するアンケートについて――全労連の見解

東大社研「派遣・請負アンケート」は派遣業界と一体で偏った結果を意図的に導き出したもの

 東大社研の「人材フォーラム」が実施した「請負社員・派遣社員の
 働き方とキャリアに関するアンケート調査」について(見解)

                                          2010年11月22日
                                             全国労働組合総連合
                                             事務局長 小田川義和

 東京大学社会科学研究所の「人材フォーラム」が実施した「請負社員・派遣社員の働き方とキャリアに関するアンケート調査」(以下、「派遣・請負アンケート」という。)の「調査結果概要 −労働者派遣法改正の評価と今後のキャリア希望を中心に−(2010年9月27日:第2版)」(以下、「調査結果概要」という。)がマスコミ等でも取り上げられ、派遣労働者らが労働者派遣(特に製造業派遣)に対する規制強化に反対しているかのような誤解が流布されています。

 「人材フォーラム」は、明後日11月24日に「第2回ワークショップ」を開催し、「派遣・請負アンケート」の「調査結果報告」を予定していますが、今臨時国会においては政府改正案の審議は一度もなされず、雇用のあり方をめぐって様々な議論があることから、以下のとおり、「派遣・請負アンケート」に対する全労連としての見解を明らかにするものです。

 なお、全労連は学問の自由、思想・信条の自由を人類のかけがえのない基本理念の一つとして尊重しています。しかし、それでもなお、こうした見解を発表したのは、「派遣・請負アンケート」が業界団体と一体となったものであり、調査の手法も問題で、偏った結果を意図的に導き出しており、真理の探究と社会進歩への貢献を旨とすべき大学機関、科学者のあり方として看過しえない問題点があると感じたからであることを申し添えておきます。

 1.「派遣・請負アンケート」は真に科学的な調査といえるのかという点について

 (1) 第1に指摘しなければならないのは、労働者派遣(特に製造業派遣)の規制強化に否定的結果を導くために、「派遣・請負アンケート」は恣意的な設問設定がなされているのではないかということです。

 ? 一例をあげれば、「調査結果概要」では、「派遣社員では、製造派遣の禁止に『反対』が55.3%と半数強を占め」たことが強調して紹介されており、報道でもその点が大きく取り上げられています。

 ここでまず問題となるのは、問29は「製造業務での労働者派遣を法律によって禁止することについて、あなたは賛成ですか、反対ですか」となっており、製造業派遣を“全面禁止”することへの賛否を問うている点です。「調査の目的」は「生産現場で派遣社員や請負社員として働く人々の就業実態とキャリアの現状と課題、さらに労働者派遣法改正による製造派遣禁止に関する評価などを明らかにすること」だそうですから、国会に上程されている労働者派遣法の政府改正案についての賛否を問うことが一般的な手法のはずです。すなわち、政府改正案は製造業派遣の“原則”禁止を謳ってはいるものの、常用派遣は例外としているのですから、その点を明確にして調査すること、少なくとも、その点の差異を明らかにして調査結果を論じることが科学的・公正な態度であると言えます。

 ? さらに問題なのは、問29の直前に、以下の3つの設問が並んでいることです。
 間26「もし今後、労働者派遣法が改正されて製造業務で派遣社員として働くことができなくなったとしたら、あなたが失業する可能性はどの程度あると思いますか」

 問27「今後1年間にあなたが失業する可能性があると思いますか」

 問28「もし今の仕事をやめた場合、現在と同じ程度の年収・福利厚生を提供してくれる他の会社に就職することは、どの程度容易だと思いますか」

 つまり、現在の深刻な雇用情勢のもとで、派遣労働者の多くは仕事を失うことに日常的に強い不安を抱いています。そうした派遣労働者に対して問26〜28を並べて失業の不安を想起させた(あおった)うえで、問29を置いたということは、製造業派遣禁止への否定的回答を増やそうという意図を持っていたとしか考えられない行為です。真理を探究すべき科学者の、さらには大学の研究機関のおこなうアンケート調査としては、許されない手法であるといわざるを得ません。

 ? なお付言すれば、こうした手法を採ったうえでもなお、製造業派遣の全面禁止に「賛成」が13.5%(派遣社員の回答結果。なお、「どちらともいえない」が22.4%、「わからない」が6.0%。)となっていることを正確に評価すべきと考えます。つまり、自らが失業する不安を突きつけられてもなお、現に派遣労働者として働く人の13.5%が製造業派遣の全面禁止に賛成と答えたということであり、全面禁止に反対は55.3%に止まったということです。今回の政府案では常用派遣は禁止の対象外であることや、現に仕事についているなかで直接雇用への転換の道などが示されたとするならば、結果は大きく違ったはずだと考えられます。

 (2) 第2に指摘されることは、調査の手法においても、公平さ・中立性を欠くのではないか、真理を探究する研究機関の調査としては問題が大きいのではないかということです。

 「調査結果概要」によれば、アンケートは「工場で生産業務に従事している請負社員・派遣社員を対象として」、「日本生産技能労務協会の会員企業を通じて調査票の配付を依頼し、調査対象者が調査に回答したのち、調査対象者が調査票を東京大学社会科学研究所宛に投函する方式で実施した」とされています。

 問題は、「日本生産技能労務協会の会員企業を通じて調査票の配付を依頼し」たという点です。同協会は製造業派遣の規制強化に反対する立場から躍起になって活動している団体であり、会員企業のなかには労働者派遣契約の中途解除にともない違法な解雇・雇止めを繰り返すとか、期間制限違反の違法派遣や偽装請負などで問題となった企業がいくつも含まれています。同協会の会員企業が調査対象者をどのように選んだのか、また、調査票を渡す際に失業等の懸念を惹起させたり、自己に有利な回答を誘導したりするような言動はなかったのかなどの疑念が浮かびます。

 つまり、今回の調査手法では、結果の公平性・信ぴょう性が担保されているとはいえないのであって、科学者らしく真理探究を旨とした中立・公平な調査を心がけたとするならば、こうした調査手法は避けるべきだったはずです。この「調査結果概要」は学術調査としては問題が大きいといわざるを得ず、本研究の代表たる佐藤博樹教授の科学者として真理探究の姿勢にも疑念を持たざるを得ないと考えます。

 2.真理探究の府である大学のあり方として、是認されるのかという点について

 (1) 以上の指摘を勘案したとき、最高学府として真理を探究すべき大学の、しかも東京大学の社会科学研究所の一機関がおこなった研究活動として、この調査が是認されるのかということも問題とされねばならないと感じます。

 社会科学研究所についての、ホームページ掲載の説明は、以下のようになっています。

 …… 敗戦後の東京大学再生のための最初の改革として、当時の南原繁総長のイニシアティヴによって設置されました。「社会科学研究所設置事由」(1946年3月起草)によれば、戦時中の苦い経験の反省のうえにたって「平和民主国家及び文化日本建設のための、真に科学的な調査研究を目指す機関」が構想され、日本における社会科学研究の面目を一新させることが、社会科学研究所設置の目的……

 したがって、私たちは、真理に忠実であるべき科学者一般の姿勢からだけでなく、「真に科学的な調査研究を目指す機関」の調査活動として考えたとき、「派遣・請負アンケート」は是認されるべきではない、適格性を欠くのではないかと指摘せざるを得ません。

 (2) 問題点の第2は、「人材フォーラム」と業界団体との密接な関係が、研究活動の中立性を損ねており、学問の府としてのあり方に反しているのではないかという点です。

 これもホームページからの引用ですが、「人材フォーラム」については以下のように説明されています。

 …… 人材ビジネス研究寄付研究部門は、株式会社スタッフサービス・ホールディングスの奨学寄附金にもとづき2004年4月より計6年間、設置・運営されてきましたが、この2010年3月末をもって終了いたしました。この間進めてまいりました、人材ビジネスとユーザー企業の人材活用の現状や課題に関するさまざまな研究に、ご協力・ご支援を頂いた多くの方々に改めてお礼申し上げます。2010年度以降、人材ビジネス研究寄付研究部門の役割を引き継ぐものとして、「人材フォーラム」を開設いたしました。当フォーラムは、人材ビジネスに関する研究を継続的に進めていくこと、人材ビジネス企業・ユーザー企業と研究者との交流の場を設けること、を目的とする……

 だとすれば、2010年度の寄附金の構成は説明されていませんが、2009年度までは「一企業の奨学寄附金だけで」運営されていた機関の後継組織とであり、「人材フォーラム」のあり方そのものが問題にされるべきではないか、一企業の利益、業界団体に偏った組織のあり様が実際の調査・研究活動にも影響し、「派遣・請負アンケート」が上記に指摘したように学術研究としての適格性を欠くものになったと指摘せざるを得ません。

 独立行政法人化され、毎年、運営交付金の削減が続く大学組織の財政・運営の困難さについては、全労連も承知しているつもりです。しかし、今回の事態は「金の力の前に、真理探究の府たる大学が研究活動をゆがめたのではないか」、「科学者としての良心にもとるのではないか」と、批判されても仕方のない事態だと考えます。大学自治の原則を踏まえ、私たちは大学および科学者のあり方に関する真摯な内部検証を求めるものです。

 (3) もう一つ指摘しておきたい問題があります。それは、真理を探究し、社会進歩に貢献すべきはずの科学者や大学という組織のあり方として、学問の自由を尊重したうえでなお、大きな社会問題となった派遣切り等をおこなった派遣元企業・業界団体と共同して(タッグを組んで)、労働者派遣法の規制強化に反対する論陣を張ることが、果たして科学者の行為として適切なのか、ということです。

 東京大学の濱田純一総長は、ホームページ掲載の「総長あいさつ」で以下のように述べられていますが、ここに指摘されている科学者としてのあるべき姿勢に照らして、どうかという検討が求められます。

 …… 時代はいま、大きな変化の時期を迎えています。金融や産業が世界的規模で動揺する中で、人々の生活の基盤も揺らぎ、社会は未来への確かな指針を待ち望んでいるように思えます。 ≪中略≫ 人類の知恵は、この危機から学び、誰もがより快適に安心して生活できる社会の姿を生み出していくはずです。そのような新しい世界を描き、それに至る道筋を提示することが、いま学術に求められています。 ≪中略≫ 日本の国民に支えられる国立大学法人である東京大学は、こうした学術研究と人材育成を通じて、未来への確かな指針を示し、国民に対する責任を果たしていくつもりです。 ≪中略≫ その成果は、広く人類全体に享受されることが期待されているものです。 ≪中略≫ 知の創造と教育、社会との連携を通じて、東京大学は、日本の未来、世界の未来に対する公共的な責任を、いまこそ果たすべき時であると考えています。これからも東京大学は、豊かな構想力を備えた「世界を担う知の拠点」として、いっそうの発展を図っていく決意……

 2008年秋のリーマン・ショックに端を発した派遣切りは大きな社会問題となり、首都東京に“年越し派遣村”が出現するという事態にまで至りました。私たちは相談活動に携わるなかで、派遣切りの冷酷非情さと、利益至上主義の大企業の横暴な姿勢を目の当たりにしました。この間の状況をみても、雇用情勢は依然深刻であり、労働者の年収が1年間に5.5%も減少する一方で、大企業はリーマン・ショック以前の利益水準を回復するというゆがんだ状況が起きています。

 全労連流にいえば「安定した良質な雇用」を取り戻すことが必要であり、その第一歩として雇用破壊の元凶となった労働者派遣法は抜本改正すべきということです。学問の府としての大学、研究者のあり方としても、社会の進歩に貢献するという立場に立つのなら、困難はあっても、雇用の安定を取り戻す方向で研究活動をおこなわれるべきではないのかと考えます。それこそが、濱田総長もいわれるように、「この危機から学び、誰もがより快適に安心して生活できる社会の姿を生み出していく」ことであり、「そのような新しい世界を描き、それに至る道筋を提示することが、いま学術に求められてい」るのであって、「知の創造と教育、社会との連携を通じて」「日本の未来、世界の未来に対する公共的な責任を」、果たすことにほかならないはずです。
                                      以上

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