週刊東洋経済 東日本大震災による工場休止で雇い止めも、“雇用危機”再来の現実味

週刊東洋経済2011年5月14日号

 東日本大震災は雇用情勢にも暗い影を落とし始めている。 自動車部品メーカーの日立オートモティブシステムズの群馬事業所で派遣社員として働く木下康春さん(45)は3月31日の夜、派遣元の担当者から、4月末で現在の職場では契約を更新しないと告げられた。震災で、納入先である完成車メーカーの生産計画が見通せなくなったことが理由だ。「もう10年近く製造業派遣で働いているが、初めて。前日の朝礼では、普段どおりのシフトが発表されていた。“雇い止め”は寝耳に水」と動揺を隠せない。

 派遣元の担当者は「5月以降も雇用を維持するよう、最大限努力する」と言うが、次の職場が見つかる保証はない。日々、不安は募るばかりだ。

 派遣先にも言い分はある。3月に生産台数がピークを迎える自動車業界では例年、4月から5月にかけて人員圧縮を行うのが一般的だ。「生産減のタイミングに震災が重なり、受注の見通しが立たない。雇い止めは法の範囲内でのやむをえない措置」(同社)と話す。
木下さんらを直接的に雇用するのは派遣元であり、もともと契約は1カ月更新だ。

被災地から全国へ 冷え込む雇用情勢

 雇用情勢の悪化は、被災地域から全国各地へと広がりつつある。
 非正規労働者らの個人加入による労働組合「派遣ユニオン」では、震災を理由にした休業や解雇に関する相談が引きも切らない。関根秀一郎書記長は「相談件数は(2008年の)リーマンショック時を超える規模。影響を受けている業種も地域も幅広い」と語る。島根県の自動車関連メーカーで働く派遣社員から雇い止めに関する相談が寄せられたほか、東北地方のコールセンターでも規模縮小に伴う人員削減があった。関根書記長は「当面は混乱が続く。派遣切りの後、期間工や正社員にも影響が広がるのでは」と見る。

 東京都労働相談情報センターでも3月14日から1カ月間で、震災に関する雇用相談が490件に上った。窓口で対応に当たる中野誠一・労働相談係長によると「震災直後は大半が休業に関する内容。しだいに解雇の相談が増えてきた」と言う。「地震で電車が止まり、会社の許可を得て在宅で働いていたら退職を促された」「会社の建屋にひびが入り、修理におカネがかかるから辞めてもらうと言われた」など、雇用主の過剰反応や震災に便乗した不当な解雇と思われるケースも多い。

行政も一時混乱 特例措置に限界も

 かつてない規模の災害に、行政も混乱を見せている。実は法律上では、今回のような天災や計画停電など不測の事態においては雇用主に休業の責任はなく、労働基準法に定められた休業手当を支払う義務はない。が、厚生労働省が震災直後の15日、あらためてこの
旨を通達したところ、問い合わせが相次いだ。その後は一転して人材派遣協会や日本経団連に対し、震災などで事業が縮小した場合も可能なかぎり雇用を継続するよう、要請文を送った。

 並行して、震災による雇用への悪影響を緩和するための特例措置も相次ぎ打ち出した。通常、離職後でなければ受け取れない失業手当の受給資格を一時離職者にも認めたほか、受給申請に必要な手続きを簡略化。雇用主が従業員に支払う休業手当の一部を国が補助す
る雇用調整助成金の適用条件も広げた。企業倒産によって支払われなかった賃金を国が立て替える未払い賃金立替制度についても、周知徹底に取り組んでいる。

 しかし、これら制度には限界もある。そもそも特例措置の対象は、被災企業や、契約期間中に解雇・休業になった従業員が中心だ。一方、派遣労働者は前述の木下さんのように、1〜2カ月の短期契約を繰り返しているケースが多く、今回のように震災の影響が疑われ
る場合でも、通常の契約期間満了と同じように扱われかねない。

 また、事業所が直接被災した場合、雇用主が従業員に休業手当を支払う義務はないが、部品不足や物流停滞による操業悪化を理由に休業を命じる場合は支払い義務が発生することもあるなど、法律そのものも複雑だ。今後、夏にかけては、節電対策として休業した場
合の補償も課題となりうるだろう。

 連合の山根木晴久・非正規労働センター総合局長は震災以降、「計画停電など間接的被害による操業停止の影響を最初に受けるのは、非正規労働者だということを痛感した」と打ち明ける。「本格的に震災の影響が出てくるのはこれからだ。非正規労働者が一方的
に犠牲にならないよう対策を打つとともに、有期労働とは何か、もう一度考え直す必要がある」。

 リーマンショックでは、輸出産業を中心に多くの労働者が職を奪われた。大震災が新たな雇用危機の引き金にならないように、行政などには迅速な対応が求められている。

(小河眞与 =週刊東洋経済2011年5月14日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異な る場合があります。

この記事を書いた人