2011/05/28 朝日新聞 夕刊
盗みのぬれぎぬ・会話禁止…PTSD、癒えない心
「職場のいじめ」をめぐる相談が増えている。精神的に追い込まれ、心の傷が癒えないまま後遺障害で苦しむ人もいる。予防のため、独自にガイドラインを作るなど民間団体の取り組みが始まっている。
都内に住む女性(42)は、5年ほど前に職場でいじめを受け、今も心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ。人前に出ると動悸(どうき)や吐き気を催すという。
「大手運送会社の派遣社員として働いていた2006年4月。配達前のノートパソコン1台がなくなり、上司2人から、『盗んだだろ』と責められました」
「翌日から同僚たちの態度が変わり、雑談に加わろうとすると人の輪が解けました。『お前とかかわると、こっちまで疑われる』と言われた気がしました」 「上司の嫌がらせも悪化し、指示が聞き取れないと『難聴か』と耳たぶを引っ張られ、『今日は何もなくなってないか』と職場中に響く声で言われました。警察の取り調べで疑いが晴れても、職場の冷たい視線は変わりませんでした」
女性は07年9月に契約期間を更新されず退職。心療内科でPTSDと診断された。治療のために就職できないとして労災保険法に基づく休業補償を求めたが、09年6月に東京の中央労働基準監督署は発症が「業務上の事由によるものとは認められない」と、不支給を決定。厚生労働省への再審査請求も棄却された。女性は、国を相手に不支給処分の取り消しを求める行政訴訟を今年3月に起こしている。
民間団体「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」(東京都)などには様々な相談が持ち込まれている。それによると――。
関東地方の企業に中途入社した40代の男性課長。退職勧奨を拒んだのを機に、社長不在の「社長室」と呼ばれる部屋での勤務を命じられた。仕事はなく、部屋の電話の使用やパソコン持ち込み、社員との会話まで禁じられた。給料も3割減という状態が約1年3カ月続いた。個人加盟労組に相談し、別の職場への異動などを条件に解決した。
ある自動車整備会社では、複数の従業員が営業所長から日常的に暴言や暴行を受けていた。被害者らが個人加盟労組に加入して団体交渉したところ、社長が改善を決断。営業所長は懲戒処分を受けたという。
相談、昨年度4万件
厚労省によると、全国の労働局などに寄せられたいじめや嫌がらせについての相談件数は、2010年度で計3万9405件=グラフ。データがある02年度以降増え続けている。
大阪労働局が昨秋に実施した「職場のメンタルヘルス対策実態調査」は、心の病の背景にいじめがあることを示唆している。
調査では、大阪府内に本社のある大企業(従業員301人以上)計660社のうち、約8割の519社が「最近1年間で『心の健康問題』を理由に労働者が欠勤したり、休職したりした事例がある」と回答。原因を複数回答で尋ねたところ、いじめや嫌がらせを含む「職場の人間関係」が309件と最多で、「仕事への適性」(292件)や「仕事の量や質」(183件)を上回った。
セクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)については、07年4月施行の改正男女雇用機会均等法で雇用側に防止対策が義務化されたが、いじめについての基準はない。こうした状況を受け、「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」は職場のいじめについてのガイドラインを作った=表。19項目の具体例を挙げ、いずれも「いじめ」と指摘。働く人には「黙認や助長もいじめだと認識する」「自分が被害を受けた場合は内容を記録しておくように」と注意を呼びかけている。
ガイドラインは1部100円。問い合わせは関西労働者安全センター(06・6943・1527)へ。(相江智也)
◆こんな行為はいじめ
・机をたたく、書類を投げるなどの威嚇
・大声で命令、叱責(しっせき)するなどの見せしめ
・容姿や人格を否定する発言を繰り返す
・私的なうわさや中傷を流す
・私的な用事や業務と無関係な雑務をさせる
・飲み会や親睦行事への強制的な参加
・仕事を与えない
・仕事の指示を何度も変更する
・同僚からの支援を禁じ、孤立させる
(「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センターのガイドライン」を基に構成)