最低賃金(最賃)(※本文下参照)が生活保護の水準を下回るのは違法だとして、県内で働く100人を超える人たちが国を訴えている。非正社員で家計を担う人が増える中、懸命に働いても生活できないのはおかしいと、「暮らしていける最賃」への転換を求めて いる。
「給料が低すぎ、20代後半になっても自立できない」「仕事の掛け持ちで体を壊した」。5月23日、横浜市内で開かれた最賃訴訟の報告会は、悲鳴に近い声が相次いだ。
昨年6月に50人で始まった横浜地裁の訴訟の原告は、神奈川の最賃(現在は時給836円)が違法に低く、千円以上にしなければ暮らしていけないと訴える。全員が千円以下で働く人たちで、5月の公判まで102人にふくらんだ。神奈川労連が傘下の組合員らに 呼びかけ、介護職や保育士、運転手や飲食店員ら10代から70代までの男女が集まった。
原告最年少はこの春高校を卒業した男性(18)。在学中に就職試験を受けた6社はいずれも不採用。現在は小田原市内の飲食店でアルバイトをしている。時給は850円。繁忙期にしか長時間働かせてもらえず、月給は最も多いときで14万円、先月は6万円程度 だ。
「高校を出れば、仕事をし自立できると思っていた。正社員として雇ってくれないなら、せめて時給1500円は欲しい」
時給900円の病院事務の女性(50)=横浜市=は、大学生の2人の子を持つシングルマザーだ。10年前の離婚時は病院の正職員だったが、腰を痛めて退職。その後の就職探しは困難を極め、ようやく派遣社員になった。だが、5年目に突然クビ切りにあった。
今の仕事は責任もあり、実態は正社員と変わらないと思うが、1年更新の契約社員。実家に戻り、家賃はかからないが、年金や保険料を引くと手取りは月額13万円に届かない。区役所の生活保護の窓口に相談に行くと、条件を整えれば「親子3人で住居費を含め26 万円の支給がある」と言われた。
子どもが独立するまではがんばろうと思いとどまったが、今も心が揺れる。「いったん正社員の道を外れると、苦しい生活から抜け出せない。働きたい人がちゃんと働け、生活できるのが社会の大前提じゃないでしょうか」
なぜ、いま、最賃制度のあり方が問われているのか。背景には「日本型雇用」の大幅な変質がある。
賃金問題に詳しい小越(おごし)洋之助・国学院大名誉教授によると、正社員が中心だったかつての日本では、最賃に直結するのは、学生のバイトや主婦のパートなど、親や夫らがいる人と考えられ、金額の妥当性がきちんと議論されてこなかった。
それが90年代以降の不況で一変。正社員を短期契約や派遣に置き換える企業の動きが進み、働く人の3人に1人が非正社員に代わった。一家の大黒柱や新卒者も最賃水準で働くことになり、経済格差や消費低迷が社会問題化。最賃の底上げが求められるようになった。
小越さんは「かつては社会に波及した春闘も企業内に終始し、経営側も安値競争を強いられ、賃金を上げる要素は最賃くらいしかなくなった」と指摘する。
こうして2007年、抜本改正された最賃法は「健康で文化的な最低限度の生計費の保障」の観点を盛り込み、生活保護との整合性に配慮すると明記。10年には民主党政権下で「できるだけ早期に全国最低額を800円とし、20年までに平均で千円を目指す」と労使代表らが合意した。
だが、昨年度の改定でも神奈川、北海道、宮城の3道県で最賃が生活保護の水準を下回り、厚労省の試算だと神奈川ではあと5円不足していた。
これを正面から問うているのが今回の裁判だ。原告側は、法改正後も低い水準の最賃が放置されたままなのは国の裁量権を逸脱していると主張。国際水準からみても低く、20年までに千円の目標達成もおぼつかないと訴えている。これに対し、国側は違法性はないと反論している。(足立朋子)
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※最低賃金—国が最低賃金法に基づき、賃金の最低額を罰則付きで規制する制度。企業の大小や、社員かバイトかなどを問わず、下回る額で働かせてはいけない。
具体的な額は都道府県ごとに時給で示され、地域の労働者の生計費や賃金、企業の支払い能力を考慮して毎秋改定される。経営者と労働者、学識者の代表からなる厚労省の審議会が引き上げの「目安」を示し、都道府県でも3者の審議会で議論する。現在の最低額は岩手・沖縄・高知の645円。最高額は東京の837円。07年の法改正後、全国平均で前年比10円超の引き上げが続いたが、昨年度は東日本大震災による企業業績の悪化が考慮され、7円にとどまった。