「ブラック企業」が日本の若者を使いつぶす

日経ビジネス 2012年12月18日

若年層の労働問題に取り組むPOSSE代表の今野晴貴氏に聞く
 西頭 恒明

 12月に入って、2014年度新卒者の採用活動が本格的に始まった。今年も不況が続く中、「正社員」としての採用は狭き門にある。そんな現状に乗じるように、正社員として採用するが、過酷な労働条件で働かせ、身体や人格が壊れるまで使いつぶし、自己都合退職に追い込む「ブラック企業」が横行している。
 
若者層の労働・貧困問題に取り組むNPO法人(特定非営利活動法人)POSSE(ポッセ)代表で、『ブラック企業』(文春新書)の著書がある今野晴貴氏に、ブラック企業の実態と、増加している背景などを聞いた。
 
(聞き手は西頭 恒明)

企業の不正行為には法令違反や会計操作、反社会的勢力とのつながりなど様々なものがありますが、今野さんは「ブラック企業」をどう定義していますか。
 

今野 晴貴(こんの・はるき)氏
1983年宮城県生まれ。2006年、中央大学法学部在籍中に、都内の大学生、若手社会人を中心にNPO法人POSSEを設立し、現在、代表を務める。一橋大学大学院社会学研究科博士課程在籍。著書に『マジで使える労働法』(イースト・プレス)、『ブラック企業に負けない』(共著、旬報社)など
 
今野:「従業員に違法な働かせ方をする企業」と定義しています。もともとは、ものすごい長時間勤務が続くことによって体を壊す人が多く、「35歳定年説」とまで言われるIT(情報技術)業界で使われ始めた言葉が、ここ数年、インターネットなどを通じて広がりました。今ではIT関連だけでなく、小売りや外食、介護など幅広い業界に見られます。

  確かに、著書の『ブラック企業』(文春新書)には実名こそ挙げていませんが、勝ち組のグローバル企業として知られる企業の事例も出ていますね。

今野:実感としては、2010年頃から急増してきました。私たちPOSSEは若者層の労働・貧困問題に取り組むNPO法人(特定非営利活動法人)として2006年に設立しましたが、2年ほど前から就職の内定を受けた学生が「この会社はブラック企業ではないか」と相談してくるケースが見られるようになりました。「今、ブラック企業で働いているんですが…」という労働相談も多く寄せられます。本人だけでなく、親や恋人などが相談に来ることも珍しくありません。

  長時間勤務やサービス残業といった問題自体は以前からありました。仕事が厳しいという点では似ていますが、これまで多くの会社は時間をかけて若手を育てようという意識は持っていたのではないでしょうか。ブラック企業が従来と異なるのは、長期雇用を前提とせずに新卒者を「正社員」として採用し、違法な労働条件で働かせ、身体や人格が壊れるまで使いつぶす点にあります。一人ひとりの人材を時間をかけて丁寧に育てようという意識はありません。従来の日本型雇用や労務管理とは全く異なる企業が出てきたということです。
 
「選別型」と「使い捨て型」の2パターン

具体的に、新入社員をどのように使いつぶすのですか。

今野:新卒者の採用では大きく2つのパターンが見られます。

  1つは、とにかく大量に採用して厳しい業務を与え、使える人材だけ残してあとは辞めさせる「選別型」です。退職金は1円たりとも払いたくないので、パワハラやセクハラ、いじめなど様々な手を使って、自己都合退職に追い込むのが特徴です。
 
POSSEが相談に乗ったケースには、カウンセリングと称して「自分がダメな理由」について何度もリポートを書かせるといったものがありました。人格まで否定されるような状況に耐えられなくなり、自分から辞めていくように仕向けるのです。うつ状態に陥ってしまう人も多く見られます。
 
もう1つは「使い捨て型」です。こちらは長時間低賃金労働で社員を縛るのが特徴です。募集や内定の際に提示した初任給に比べて、実際に入社してから支払われる給料があまりに低いんですね。
 
本にも取り上げた大手外食チェーンの場合、新卒者の最低支給額を月額19万4500円と記していましたが、これは80時間の残業をして初めて得られる金額でした。本来の最低支給額は12万3200円、時給にすると770円ほどにとどまります。そうした中、過労死しても不思議ではないほどの長時間労働が常態化していました。
 
「選別型」にしても「使い捨て型」にしても、ブラック企業は社員が辞めたらまた新しく補充すればいいとしか考えていないのです。

「正社員」という待遇でつけ込む

不況で就職難という雇用環境が拍車をかけているのでしょうか。

今野:正社員として採用しているところがポイントです。企業を何社も訪問してもなかなか内定がもらえず、焦りを感じている学生にとって、正社員として採用してもらえるというのは非常に魅力的です。ブラック企業に入社してしまったと分かっても、「正社員なのだから」と過酷な労働環境を我慢して受け入れようとする人も少なくありません。そういう弱みにつけ込んでいるんですね。
 
親御さんの意識に問題がある場合もあります。ブラック企業に入ってしまった人が親に相談すると、「この不況の時代に、せっかく正社員として入ったんだから」と頑張って働くように説得してしまうんですね。そのように説得した結果、お子さんを死に追い込んでしまい、とても後悔されている人もいます。
 
私は「ブラック企業でいじめやパワハラを受けている」と相談に来た人に、頑張って働き続けるよりも、辞めてしまうのが正しいとアドバイスしますね。新入社員を使い捨てるような会社のパワハラ上司に対し、態度を改めるように指導・警告したとしても効果は期待できません。
 
あと、可能なら残業代をきちんと支払ってもらってから辞めること。そのために就労時間などの記録を自分できちんと取っておくことです。

本人や親としたら、どうやってブラック企業かどうかを見分ければいいのでしょうか。

今野:まずは契約書の中身に嘘やごまかしがないかをきちんと確認することです。例えば、基本給が長時間の残業代込みになってはいないか。基本給と労働時間の関係が明確ではない場合は、ブラック企業の可能性があります。また、募集時と内定時、本契約の際に話がころころと変わる会社も危ないですね。

例えば、新卒者の1年後、あるいは3年後の「離職率」を企業に公開させるようにすれば、問題のある企業が浮かび上がりませんか。

今野:1つの指標として参考にはなると思います。ただ、離職率の高さだけでブラック企業を見分けるのは難しいのではないでしょうか。

 これに関連して言うと、各大学のキャリアセンターなどが学生の就職実績を「就職率何十%」といった数値でよく示していますね。でも、就職率だけが独り歩きすると、どの会社でもいいから送り込めばいいと、ブラック企業の横行を助長する恐れがあります。大学には就職率とともに、その後の離職率も追いかけて公表してもらいたいですね。
 
企業と社員の信頼関係を失わせる問題と捉えよ

どうすればブラック企業の横行を防ぐことができますか。

今野:労働時間規制を厳格にするのは1つの方法です。企業の競争力がますます低下するのではないかと危惧する見方もありますが、それは別のやり方で解決すればいい。ただ、こうした法規制以上に大事なのは、経済界や社会がブラック企業を社会の敵だと捉え、一致して行動することです。

  ブラック企業の存在は、企業と社員の信頼関係を破壊しかねません。自社には関係のないことと見過ごすのではなく、業界でまとまって入社契約時のガイドラインを作るなど、適正化を求めていくべきです。時間とコストをきちんとかけて人材を育てようとする企業と、違法な長時間を低賃金で働かせ、社員をどんどん使い捨てていくブラック企業が、同じ条件の下で競争するのは極めて不公平です。
 
また社会にとっても、少子化が進む中で、貴重な若者という人材をブラック企業に使いつぶされてしまうのは大きな損失です。ブラック企業対策は日本の国家的なプロジェクトにすべきくらいのテーマなのです。

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