和解…パパは帰ってこない 宅配ピザ過労死訴訟

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朝日デジタル 2015年1月18日

写真・図版:岩田真由美さんは長女を抱き、亡くなった夫孝之さんの写真を見つめる=桑名市(省略)
 
   宅配ピザ店運営の「アオキーズ・コーポレーション」(名古屋市中村区)の幹部社員だった岩田孝之さん(当時33)=桑名市=が、長時間労働で急死したのは安全配慮義務違反などに当たるとして、遺族が同社と青木良守社長に約1億円の損害賠償を求めた訴訟は15日、会社側が遺族の主張をおおむね認めて和解した。金額は公表していない。

 訴状によると、岩田さんは2012年5月、致死性不整脈で死亡。亡くなる直前の1カ月間の残業時間は約102時間で、労働基準監督署は同年10月、労働災害を認定していた。

 「パパ、いないね」

 2歳になった長女は近ごろ、家中の壁にかけられた孝之さんの笑顔の写真を指さして言うようになった。パパに抱いてもらったことはないが、亡くなるわずか数日前に考えてくれた命名を背負って、すくすくと成長している。

 「常に人への思いやりの気持ちを忘れない。夫はそういう人だった」と妻真由美さん(34)は悔やむ。結婚5周年を前に待望の第1子妊娠がわかったとき、孝之さんは真由美さんの前では控えめに喜んだ。妊娠が安定する前で、「自分が大喜びしてしまうと、おなかの子どもにもしものことがあったときに、真由美さんの悲しみが増すんじゃないか」と気遣っていたと友人から聞いた。

 その孝之さんは2012年5月、長女の誕生を前に急死した。仕事の移動中、飲食店の駐車場にとめた自分の車の中で一人、冷たくなっていたところを発見された。

 「40歳まで生きられないかもしれない。会社に殺される」

 孝之さんが寝る前にそうつぶやくようになったのは30歳を過ぎたころだった。愛知、三重両県の直営店とフランチャイズ計16店舗を統括する幹部職だった。店員の欠員が出れば駆けつけ、クレームやトラブルにも対応し、休日や夜中でも仕事の電話が鳴った。

 最後の半年は、店の営業が終わった午後11時以降、2週に1回、名古屋市の本社で社長出席の会議に出るようになった。桑名市の自宅への帰りはしばしば、深夜1時を過ぎた。300時間超働いた月もあった。

 葬儀後、真由美さんは社長との面会を求めたが、ついに一度も線香をあげに来ることはなかった。

 「過労死するなんて想像できなかった」と会社には言わせない――。「同僚の中には、精神的に病んで一時期仕事ができない人もいた」と聞いた。このまま会社が変わらなければ、ほかにも犠牲者が出るのではないかと裁判に訴えることにした。

 会社側は当初、争う姿勢を見せたが、15日の法廷では労働管理が尽くされなかったことを認め、「有能な社員だった孝之さんの働きが会社に貢献し、亡くなったことに深く哀悼の意を示す」と述べた。再発防止に努めることも約束した。

 過労死遺族らの働きかけで実現し、昨年11月に施行された過労死防止法は、初めて「過労死」を法的に定義し、国に対して調査や防止策を求めている。「家族が一瞬で引き裂かれ、遺族の心の傷が癒える日はない」という真由美さん。「新法は形だけに終わらず、生きるための仕事で命を失う人がいなくなるように」と祈っている。(畑宗太郎)

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