勝ち組企業にも「追い出し部屋」 新たに複数で

朝日デジタル 2013/04/09
 
【千葉卓朗、内藤尚志】「社内失業者」を集めて転職先探しなどをさせ、社員から「追い出し部屋」と呼ばれる部署が、新たに複数の企業にあることが分かった。事業再構築で「勝ち組」になった企業でも、業績回復の陰で追い出される社員がいる。人数を増やして拡充する企業もあり、隠れた「解雇」は今後も広がりかねない様相だ。
 
■職探し4年、賞与は4分の1
 
パナソニックグループで「追い出し部屋」と呼ばれる「事業・人材強化センター」(BHC)の隣に、「キャリア開発チーム」という部署があることが明らかになった。

 所属する40代の男性は毎日出勤すると、ひたすらネットで社内や他社の「求人」を探す。忙しいほかの部署の「応援」にも入る。先月は1日10時間、部屋にこもってモニターに映る番組の画像に乱れがないかチェックした。

 「本来なら解雇だが、ここで給料をもらえるだけありがたいと思え」。上司にこう言われたことがある。

 男性は元々、ネット関連の企画職だった。2008年に事業部が解散になり、「一時的な在籍先」と言われてこの部署に移された。社内外に受け入れ先が見つからないまま、4年が過ぎた。人事評価は毎年下げられ、昨年のボーナスは5年前の4分の1に減った。

 男性によると、この部署には3月時点で約30人が在籍している。昨年末、隣のBHCをはじめ複数の大企業に「追い出し部屋」がある、と報じた朝日新聞を読んだ。「社員を追い込み、退職を迫る。私の部署も『追い出し部屋』じゃないか」。そう思った。

 パナソニック本社の広報は今回、キャリア開発チームについて「新たな技能を身につけて異動先を見つけるBHCと同様の部署。昨年末に朝日新聞から取材を受けた時には把握できていなかった」と釈明する。

 一方で、パナソニックは今月、BHCの人数を468人増やし、部署を「拡充」した。主に業績不振の部署から移されている。

 社員たちは先月、BHC拡充の目的について、幹部から「新たな収入源を開拓し、出金抑制の取り組みを深耕させ、成果を上げることだ」と説明を受けた。

 内部資料によると、昨年7月の設立当時362人いたBHCの社員は今年3月末までに60人以上減った。このうち他部署へ異動できたのは29人にとどまり、35人が退職した。

 だが、パナソニック広報は「人員削減のためではない。事業戦略の観点から今後もBHCは継続する」としている。
 
■勝ち組企業でも次々
 
 「勝ち組」とされる企業の社員でも、事実上の「追い出し部屋」行きを命じられる人がいる。

 「あなたたちは会社からいらないと言われた人たち。このプログラムを受けて別の道をみつけてください」。昨年6月、都心のビルの一室。講師役の人材会社スタッフの言葉に、日立製作所の50代の男性は頭が真っ白になった。

 この「キャリアチャレンジプログラム」に参加したのは、所属する部署の元上司から「業務命令だ」と告げられたからだ。納得がいかないまま指定された人材会社にいくと、生産や、ソフトの外注化が進むコンピューター事業部門などから40〜50代の12人が集められていた。2週間の「研修」後、また元上司に呼ばれた。「ほかの会社にいって新しい道を切り開いてほしい」

 人材会社が用意した別の部屋に毎日通う生活が始まった。窓もなく机にパソコンが置かれただけの部屋で、1人で求人情報を集め、履歴書などを書いた。

 日立本社は「定年を前にした人に心の準備をしてもらう研修や自発的に転身する社員を支援する制度はあるが、実態は把握していない」という。

 だが、男性社員は「これでは事実上の指名解雇。カイシャに裏切られた思いだ」と憤る。入社後、当時は最年少で海外の名門大学に留学した。会社の期待も感じたし、その後も自分なりに一生懸命やってきたつもりだった。

 十数社の面接を受けて、内定を受けた中堅メーカーに今月から通う。「仕事があるだけでもよかった」。だが、「研修」を一緒に受けた人が今どうしているのかはわからないままだ。

 リーマン・ショック後のリストラなどの効果で、日立は業績がV字回復し、ライバル社が不振にあえぐなかで「勝ち組」とされてきた。だがその陰で居場所がなくなったサラリーマンたちが、明日のみえない新年度を迎えている。

 高級ホテルなどが入る六本木の東京ミッドタウン。コナミグループのゲームソフト子会社の50代社員は今年2月、社内手続きのためこのビルにある本社を訪れた。正社員なのに、受付で「ゲスト」と書かれたプレートをもらわないと入れない。

 この男性が所属するのは、「キャリア開発課」。社内では「一度配属されたら戻ってこられない」と見られている。

 自宅待機が中心で、会社のパソコンやセキュリティーカードは取り上げられ、社内外の仕事探しをする。

 男性は長年、ゲーム開発を担当していた。コナミはここ数年、ソーシャルゲームが好調で業績も良い。だが1年以上前、上司から「キャリア行き」を告げられた。転職しようにも、この業界では50歳を過ぎると求人はまずない。

 「この会社では、社員は使い捨てですよ」。妻は「この先どうなるの」と言って泣いた。
部署には、大ヒットしたゲームに関わったプログラマーもいたが、次々に辞めていった。「2010年以降、少なくとも100人は退職した」と男性は言う。コナミ広報は朝日新聞の取材に、「社内体制は非公開なのでコメントできない」と回答した。
 
■国の調査、鈍い動き
 
「追い出し部屋」はどこまで広がっているのか。厚生労働省が今年1月からはじめた実態調査では、解明が進んでいない。
パナソニックグループのBHCの社員には「秘 無期限」「社内情報」と銘打った資料が配られた。そこではBHCの業務として「外部委託業務の内製化」と説明され、他部署に再配置されるための「必要なスキルや意識の向上・転換」が求められていた。
 
似た表現は、厚労省が1月下旬にまとめた先行調査の結果にもある。調べたのはパナソニックなど5社。企業名は伏せて「内製化した業務を担当させるための人員を配置する組織」「スキルの習得のための研修も行う」などと記している。

 企業側の言い分を丸のみしたかのような調査結果に、パナソニックの50代の男性社員は「全然調査になっていない」とあきれる。

 厚労省は、職場のパワーハラスメント(パワハラ)の問題では全国1万7千社(4580社が回答)と社員9千人を一斉調査した。だが、「追い出し部屋」では動きが鈍い。先行調査5社に続き、新たに判明した東芝など3社への調査は2カ月も進展がない。

 「ほかに優先すべきことが出てきた」と、調査を担当する労働条件政策課の職員は言う。政府の産業競争力会議で議論する成長戦略の目玉として「正社員を解雇しやすくして、成長する産業へと労働力を移動させる」ことがテーマに浮上し、厚労省の担当者が資料づくりに追われているからだ。

 解雇規制の弾力化は、企業に助成金を出し、不況でも雇用を維持してもらう厚労省の政策とは正反対のため、省内には「追い出し部屋の問題が盛りあがれば、『解雇しづらいせいだ』という経済界などの規制緩和の主張が勢いづく」と心配する声もある。

 だが、働き手の現状を把握せずに有効な政策を論じることなどできはしない。

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