【見解】長時間労働抑止が狙い 水町勇一郎氏

西日本新聞 2014年07月04日

東京大学教授 水町勇一郎氏に聞く(写真省略)

 ◆労働時間の規制見直し どう見る 
 −法律で決められた労働時間の枠を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入の狙いは何か。

 「目的は大きく二つある。一つは、ホワイトカラーの働き方を変えて生産性を高め、国を活性化させることだ。いまは1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて働くと残業代が支給される。長く働けば残業代が出るため、遅くまで残って働いた方がいいと考える人もいるし、『ほかの社員や上司が残っているから』という理由で残業する風潮がある。日本の職場に時間を意識しながら効率的に働き、仕事をなるべく早く終えて帰るという意識が広がれば、女性も働きやすくなるし、夫も家事や子育てに参加できる。企業には、不必要な残業代を支払わなくて済む可能性もある」

 「もう一つは労働者の命と身体を守るためだ。長時間労働によるメンタルヘルス(心の健康)の問題や過労死、過労自殺が頻発している。メンタルヘルス問題で従業員が休業すれば、生産性の低下にもつながる。長時間労働をなくし、労働者の権利や利益を守らなければ、日本社会の持続的な成長と発展は望めない」

 −労働時間の規制がなくなれば、長時間労働を助長するのではないか。

 「昨年12月に労働時間規制見直しを提言した内閣府の規制改革会議の雇用分科会は、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入に併せ、労働時間の上限設定と休日保障を盛り込み、長時間労働を解決する方策を検討した。経済界には難色を示す意見があったが、理解してもらった。経済同友会の長谷川閑史代表幹事が入っている産業競争力会議の分科会の提言にも、労働時間の上限設定が盛り込まれている」

 「新たな成長戦略では、対象を『少なくとも年収1千万円以上で高度な職業能力を有する人』に限定したが、労働時間の上限設定は明示されなかった。心身の健康やワークライフバランス(仕事と生活の調和)に配慮した労働改革になるかどうかは、これまでの議論を制度設計にどう反映させるかが、大切なポイントになる」

 −労働時間の上限とは具体的にどれくらいか。

 「労働安全衛生法で、時間外労働が月100時間になれば産業医による面談指導を受けるようになっている。規制改革会議では議論の停滞を避けるため、数字は明示しなかったが、月80時間とか100時間を念頭に置いていた」

 −「残業代」をなくす就業ルールを適用することで、結果的に賃下げになる恐れはないか。

 「働いた時間ではなく、労使で決めた『みなし労働時間』で賃金を決める裁量労働制は現在も導入されている。従業員がこの制度に移行するときは、従来の賃金を確保した上で適用するルールになっている。ホワイトカラー・エグゼンプションも同じ。安倍晋三首相も『賃金引き下げにはならない』と明言している」

 「今まではてきぱき仕事をこなして午後6〜7時に切り上げる人の方が月給が安くなるケースがあった。新制度では、きちんと働いて成果を出した人には査定で報酬を上げるなど、正当な評価が可能になる」

 −今まで以上に成果主義が進まないか。

 「それだけに仕事に対する公正な評価がますます重要になる。目標管理も示さずに漫然と勤務評価し、賃金を決めるような手法は不公正だ。ホワイトカラー・エグゼンプションを導入する際は、最初の報酬決定とその後の評価をより目に見えるような形で進める必要がある」
 (聞き手は田中良治)

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 みずまち・ゆういちろう 東京大学教授 1967年、佐賀市久保田町出身。東大法学部卒。東大助教授などを経て2010年から教授。専門は労働法学。内閣府規制改革会議雇用ワーキング・グループ専門委員。

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