降格人事、家族や地域が支えに 渥美由喜さんの体験談

朝日DIGITAL 2016年8月19日
http://www.asahi.com/articles/ASJ8B5HPQJ8BUTIL03D.html
   
 昨年の夏、普段通りオフィスで仕事をしていた東レ経営研究所の渥美由喜さん(48)のもとに突然、人事担当者がやってきて、一枚の紙を手渡した。「部長職から課長職に職務を変更する」。降格人事の辞令だった。給料は4割下がった。

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 20年近くワーク・ライフ・バランスの研究をしてきた。ここ数年、講演やメディアでの発言が増え、社会の関心が高まっているという手応えを感じていた。

 会社が挙げた降格理由は、納得できないような「ささいなこと」ばかりと感じた。自分で思い当たることがあった。労働法制をめぐり、親会社の元会長がトップを務める経団連とは違う主張を、メディアで繰り返していた。研究者として、社会をよくしようという思いでやってきたのに、「がんばってきたことがあっけなく否定された」。ショックだった。

 課長職とはいうものの、実際は平社員。辞令が下ると、周囲の態度は変わった。励ましてくれる同僚もいたが、手のひらを返したようにそっけなくなる人も多かった。「あいつは終わった」。そんな目で見られていると感じた。

 支えてくれたのは、家族や地域社会だった。心身ともに張り詰めた日々が続いたが、子どもに手を握られると、「自分を必要としてくれる人がちゃんといる」と思えた。「すごい平社員になる」と宣言すると、妻は笑ってくれた。

 日頃から活動に取り組んできた「子ども会」では、地域の子どもたちがいつも通り、喜んで遊んでいる。「職業人としては終わっても、家庭人や地域人の顔があるからバランスがとれた」と振り返る。

 一方で、こうも思った。周囲の男性たちが自分と同じ状況に置かれたとき、果たして耐えられるだろうか――。

 大学卒業後、初めて入社したシンクタンクでワーク・ライフ・バランスの研究をすると宣言した時、男性上司から「日本は『ワークワークでワクワク』なんだよ」とけなされた。子どもを持つ女性社員のことを「あいつらはがんばっていない。会社を支えているのは俺たちだ」と言い放った。

 9年前に長男が誕生した際は別の会社に転職していたが、育児休業を申し出ると、「子どもができたら男は残業して教育費を稼ぐものだ」「男の沽券(こけん)にかかわる」と言われた。「男=仕事」という価値観で生きてきた人には、他に居場所がないように見えた。

 さらに転じた今の研究所では、働きがいを感じていたのだが――。

 「男性も職場以外の家庭や地域で自分の『顔』を持つことが大事。そうすれば、男性が自らがんじがらめにしている呪縛からも、解き放たれるはずです」

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