月140〜180時間残業、休み3日…人格否定の叱責、降格願いもはねつけられ 過労自殺の遺族、中高生に語る

産経ウェスト 2016年11月25日
http://www.sankei.com/west/news/161125/wst1611250074-n1.html

 過労死・過労自殺の遺族が講師となって中高生らに自身の体験を語り、将来働く際の参考にしてもらう出前授業を、厚生労働省が今秋から全国で始めた。女性新入社員が過労自殺した電通のように、若者が死に至るケースが後を絶たないためだ。過酷な労働条件で若者を使いつぶす「ブラック企業」や「ブラックバイト」から身を守るとともに、親世代の働きすぎへの注意も促す。

  厚労省は、従来も主に就職を控えた大学生らを対象に労働条件に関する出前授業やセミナーを行ってきたが、過労死・過労自殺の遺族を中学・高校に派遣するのは初めて。遺族としての思いや体験を伝えることで、中高生にも過労死・過労自殺が身近な問題だと知ってもらう狙いがある。

  民間団体と連携し、希望する遺族を講師に登録。来年3月までに全国約140校への派遣を予定している。近くに遺族がいない学校では、労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士らが講師を務め、遺族のビデオメッセージを流す。

  今年10月に公表された過労死等防止対策白書(過労死白書)によると、労災認定された27年度の過労死は96件、未遂を含む過労自殺は93件。

  ただし申請件数は2〜3倍ある上、就業者の脳・心臓疾患による死亡者数は年間約3万人、勤務問題を原因・動機とする自殺者数は年間2千人余りというデータもあり、実際の過労死・過労自殺の件数は相当数にのぼっているとみられる。

  このため、厚労省は26年に制定された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)と閣議決定された対策大綱に基づき、学校教育を通じた若年層への啓発を強化。28年度当初予算には啓発事業費約1700万円を計上しており、29年度予算の概算要求にもほぼ同額を盛り込んでいる。

  学校現場は出前授業をどのように活用できるのか。

  私立大阪暁光高校(大阪府河内長野市)の3年4組は今年9月、「全国過労死を考える家族の会」代表、寺西笑子さん(67)=京都市伏見区=を講師に招いた。労働問題をテーマにした文化祭の研究発表に役立てるためで、厚生労働省から事業を委託された業者も視察した。

  寺西さんは平成8年2月、夫の彰さん=当時(49)=を過労自殺で亡くした。

  彰さんは、飲食店で調理師として勤務し「忙しさが腕を磨く」と仕事に打ち込んだが、店長に昇格すると長時間労働に拍車がかかった。休日出勤と残業を合わせた時間外労働は「過労死ライン」とされる月80時間をはるかに上回る140〜180時間。月3日ほどしか休めず、休日でも夜9時には店に電話を入れた。

  加えて、経営者はほぼ毎日、料理を食べに来ては味について文句をつけ、人格を否定するような叱責を繰り返した。店の業績を上げるためとして、慣れない飛び込み営業と達成の難しいノルマも課した。命を絶つ直前、彰さんは自ら降格を願い出たが、受け入れられなかったという。

  当初は会社ではなく夫を恨んでしまったこと。反省しない経営者を見て、夫は命だけでなく名誉まで傷つけられたと思ったこと。労災を認められてもなお、自責の念を持ち続けていること-。

  寺西さんは約90分にわたり、自身の体験や心情を赤裸々に語り「これ以上悲劇を繰り返さないために、健康で充実して働き続けることのできる社会になるように、考えて行動してほしい」と生徒らに訴えた。

  授業を受けた門田拓也さん(17)は「うちの父も残業で午前1〜2時に帰ってくる。人ごとではない」。田中美咲さん(17)は「気持ちが伝わってきて、胸が苦しくなった。自分が就職するときは職場の状況をしっかり知らなければと思った」と語った。

  担任の嵯峨山聖教諭(34)は「あれほど真剣に話を聞く生徒の姿は初めてだった。過労死遺族から学んだことは、アルバイトや就職先を選ぶときに必ず役立つ」と話している。

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