働き方改革 安倍政権に騙されるな! 労働者をモノとして扱う社会構想を徹底批判

2017年1月31日 サンデー毎日 毎日新聞新潟支局長・東海林智
http://mainichi.jp/sunday/articles/20170131/org/00m/070/008000d

 「非正規という言葉を一掃する」「長時間労働を撲滅する」―働き方改革を掲げる最近の安倍晋三首相は、まるで労働組合のリーダーだ。「労働ビッグバン」を唱えて労働の規制緩和に突き進んだ過去の姿勢とは全く異なる。今の姿には大きなウソがあるのではないか。「働き方改革」の正体を徹底的に暴く―。

  今や働く者の4割に迫る非正規労働者。不安定かつ低賃金の労働実態は、「ものづくり日本」の技術伝承や少子化問題などさまざまな社会問題に連なる原因とされる。また長時間労働は、「KAROSHI」(過労死)が世界に通じる言葉となる異様な状況を生み出している根本原因だ。これらの解決は働く者の切なる願いであり、実現するならば素晴らしいことだ。労働組合などがずっと是正を求めてきたテーマでもある。しかし、ちょっと待ってほしい。そもそも、第2次安倍政権はそのスタート時に「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指す」と言っていた。また、かつては「労働ビッグバン」すら掲げ、労働の規制緩和に突入した。彼の言葉をやすやすと額面通りに受け取ることはできないのだ。

  私は、安倍政権が、「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指す」を掲げ、労働時間や解雇規制の緩和を目指した「雇用特区」の創設を打ち出した時から、「フィラデルフィア宣言の破壊を志向しているのでは」と批判してきた。フィラデルフィア宣言とは、1944年5月10日に国際労働機関(ILO)が、その根本原則を確認した宣言として知られる。中心をなすのは、「労働は商品ではない」や「表現及び結社の自由は不断の進歩のために欠くことができない」など四つの原則だ。その中でも「労働は商品ではない」が危機に瀕(ひん)している。

  象徴的なのが、2度も廃案になりながら執念深く行った労働者派遣法改正だ。派遣労働は「臨時的、一時的」な仕事との原則をなし崩しにし、3年ごとに労働者を代えれば、同じ仕事にいつまでも派遣労働者を使えるという形に変えた。

  50代の女性派遣労働者はこんな実態を明かす。

  「女性の派遣は20代から年を重ねるごとに仕事が少なくなり、賃金の低い仕事しかなくなります」
  これまでは専門26業務ならば、3年を超えても働くことができたが、これからは3年で仕事を変わらざるを得なくなる。企業にとってはあらゆる仕事で派遣を使える。そのため派遣会社の営業は「正社員を採用するなんて時代遅れです。仕事は全部派遣で大丈夫です」とセールして回っている。必要な時に必要な場所へと部品のように回される労働者が増える。同時に、非正規が増えることでもある。「非正規の言葉を一掃する」との言とは正反対の法改正が行われたのだ。

  首都圏の国立大・大学院を出た40代の女性は、正社員で入ったIT企業で過労死ラインの月80時間超の長時間労働を強いられ、精神疾患を発症、退職を余儀なくされた。その後、正社員の仕事に就けず、派遣労働を渡り歩いている。昨年秋、派遣会社から無期雇用(正社員)登用の連絡があった。ようやく安定した仕事に就けるかと思ったが、説明を聞いてがっかりした。数カ月単位だった契約期間を無期に変えるが、賃金のアップも賞与、退職金もなし、おまけに紹介する仕事が1カ月間なかったら解雇する――が労働条件として提示されたのだ。

  母子家庭で育った。母は「豊かになるには学歴が必要だ」と苦しい生活の中で教育費を惜しまなかった。その母に安定した生活をさせてあげられない。生活はカツカツ。美容院にも満足に行けず、病気になっても病院に行くのもためらうほどの低賃金だ。会社に「今の賃金では母と2人の生活を支えられない」と訴えたが、「派遣先が派遣料金をアップしてくれたら還元します」と、実質無回答。賃上げは夢物語だ。会社が取る40%近いマージンを削って賃上げをする考えも毛頭ない。「派遣で働くかぎりこうなのだ」と改めて身にしみた。安定した仕事と賃金が欲しい。「終身雇用の時代に生まれたかった」。安倍政権の無責任なスローガンが虚(むな)しい。

 狙いは「賃金を低い方に合わせる」

  ここで、これまで安倍政権が主張してきたこと、やってきたことを振り返ろう。 

  前述したように、第1次安倍政権では、小泉政権の後を受け、より労働の規制緩和を進めるとして「労働ビッグバン」をぶち上げた。宇宙が始まる時にあったとされる「ビッグバン」(大爆発)を労働政策の分野で起こすというわけだ。大げさな言葉を用いるのはこの政権の特徴で、第2次安倍政権では、労働分野などの規制改革を「岩盤規制にドリルで穴を開ける」とぶち上げた。ちなみに岩盤規制といわれる規制は、1日8時間、週40時間の労働時間規制など、労働者を守る規制である。労働問題に詳しい棗(なつめ)一郎弁護士は、  「労働者を保護する規制は、当然岩盤であるべきで、簡単に穴を開けられる類いのモノであってはならない」とあきれる。

  第1次安倍政権から労働政策立案に中心的に関わっていた国際基督教大客員教授の八代尚宏氏は、2006年12月の内閣府のシンポジウムで「既得権を持っている大企業の労働者が、(下請け企業や非正規など)弱者をだしにしている」と発言している。同氏は正規、非正規の賃金格差の見直しが必要とし、賃金水準の均衡化を訴えていた。これは、今回言い出した「同一労働同一賃金」にも考え方として引き継がれている。つまりは、賃金を低い方に合わせる「低位標準化」を志向しているのが本当の狙いだ。

  第2次安倍政権で持ち出された「同一労働同一賃金」では、正社員と非正規の対立をあおっていた言い方を、「非正規の賃金を引き上げる」という言い方に変えたにすぎない。基本ラインは低くそろえることだ。

  その他に第1次安倍政権では(1)女性、高齢者の就業率向上(2)正規、非正規の区別撤廃(3)同一労働同一賃金の法制化(4)解雇の金銭解決制度の創設(5)ホワイトカラー・エグゼンプション(WE・残業代ゼロ制度)導入(6)ニート、フリーターの戦力化――が挙げられている。これらはほぼすべて、言葉を変えたりしながら、第2次安倍政権に引き継がれていることが分かる。

  第2次安倍政権の発足当初、掲げられたのは「人を動かす」のスローガンだった。このスローガンは評判が悪く、後に「失業なき労働移動」と言い換えられる。いずれにせよ、雇用を流動化したい狙いが見える。また、移動するには、人(労働者)を今いる場所から引っぺがさなければならない。つまり、解雇を容易にする必要がある。そのために、解雇の金銭解決が必要となってくる。

 名称を変えて“過労死促進法”が復活

  この流れの中で具体的に行われたのが、前述した労働者派遣法の改正だ。2度廃案になりながらも強行したのは、安倍政権が労働政策の中核として派遣法改正を位置づけたからだ。

  しかし、08年秋のリーマン・ショックの後の製造業務での派遣切りを思い出してほしい。米国発の経済事案で、日本にどんな影響が出るのかも分かっていない時点で、製造業の現場では、我先にと派遣労働者の雇い止め(解雇)が始まった。これは、受注が減ってやむなく雇い止めにしたのではない。数カ月後には製造現場で派遣労働者の利用が再開されていたからだ。しかも多くは、契約期間の満了を待たず、期間途中での違法な雇い止めだった。正社員だったら、こんな解雇をするのか。派遣労働者がどういう存在として見られているかがよく分かる。仕事も住居も失った派遣労働者の惨状は、彼らの命を支える「年越し派遣村」が登場したほど危機に瀕していた。

  その記憶も残る中で「多様な働き方」「自分の能力が発揮できる」などの理由をつけ、企業が都合の良いように、必要な時に必要な労働力を使う「労働力のジャストインタイム」を目指した。働くということを部品供給と同様に考え、人を交換可能なモノのように扱おうというのだ。

  まだ法改正には至っていないが、労働基準法改正案として「高度プロフェッショナル制度」(WE)と裁量労働制の営業職などへの対象拡大があり、国会に提出されている。

  これも第1次政権から引き続くものだ。電通での3件目の過労死を発端に、長時間労働への批判が高まる中で、安倍政権は「長時間労働撲滅」を叫び始めた。だが、一方で、際限のない長時間労働を可能にする法案を国会に出しているのだ。

  WEは第1次政権の時に法制化を目指したが、「残業代ゼロ制度」「過労死促進法」と労組や市民から強い批判を浴び、撤回に追い込まれた、いわく付きの制度だ。人は後ろめたいことがある時は言を左右にするものだが、撤回後もこの制度は「家族団らん法」(辞職した前東京都知事の舛添要一氏が厚労相時代に命名)などと名称を変え、今回は「高度プロフェッショナル制度」(内閣府命名)との化粧を施して再登場してきた。中身は撤回した前回とほとんど変わらない。高度で専門的な仕事をして、一定の年収を超える人が制度の対象となり、対象者は労基法の労働時間規制から除外されるのが制度の骨格なのである。

  長時間労働をめぐる安倍政権のたくらみについては、次号でさらに詳述したい。 

 (以下次号)

 

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