労組なのに「味方じゃない」 愛社精神要求、解雇臭わす

 朝日DIGITAL 2017年7月2日

http://www.asahi.com/articles/ASK716SR6K71ULFA00F.html

 「労組なのに会社と同じことを言う。信頼できない」「結局、労組は会社の味方なんだと思った」――。経営側と渡り合い、社員を守る「味方」であるはずの労働組合に対する働き手の信頼が揺らいでいる。組合員の声に寄り添わず、職場の不満をすくい上げようとしない労組は、いったい誰のためにあるのか。

 2016年11月24日。大手電機メーカー三菱電機に勤める男性(32)が精神疾患を発症したのは長時間の過重労働が原因だったとして、藤沢労働基準監督署神奈川県藤沢市)が労災認定した。男性は13年4月に入社。情報技術総合研究所(同県鎌倉市)に配属され、家電などに使うレーザーの研究開発を担当していたが、14年6月からうつ病で休職していた。

 会社の人事課は当初、休職の期限は「17年6月」と男性に通知していた。ところが、16年2月、休職期限は1年短い「16年6月」だと人事担当者から突然告げられた。社内規則を見誤り、期限を長く伝えた担当者の連絡ミスだったが、休職期間がまだ1年以上あると思って復職の準備をしていた男性は、あと4カ月で解雇される状況に追い込まれた。

 男性は「休職期間を延長してもらいたい」と労働組合に相談し、会社に掛け合ってもらうことを期待した。しかし、16年3月、研究所の組合員が入る労組支部の執行委員長(当時)から届いたメールにはこうあった。「規則は規則として定められており、休職期間を延長することは難しい」

 男性はあきれた。「組合なのに会社と同じことを言う。信頼できない」

 男性は個人で入れる「よこはまシティユニオン」にも相談・加入し、支援を受けていた。執行委員長には翌4月に「労組を脱退する」とメールで伝えた。

 「会って話がしたい」。メールや電話が返ってきたが、断った。すると翌5月に執行委員長から手紙が届いた。「当組合を脱退して他の組合に加盟することは、三菱電機社員の地位を失うことにつながる規定となっております」。そう書かれていた。労組が解雇までちらつかせたことに男性は憤る。「頼りにならないどころか、ひどい労組だ」

 三菱電機労組の浅田和宏・中央書記長は「メールの文言は言葉足らずだった。直接会って話を聞くべきで、組合員への寄り添い方が足りなかった」と反省する。手紙で「社員の地位」に触れたのは、労使協定上のルールを伝える必要があったためで、「男性を支援するためにも、組合に戻ってきてほしいという思いだった」と弁明した。

 ログイン前の続き男性は休職前から労組に不信感を抱いていた。男性によると、所属部署は長時間労働が常態化しており、男性も月100時間を超す残業が続いていた。上司から「俺が死ねと言ったら死ぬのか」といった注意をしばしば受けていたという。こうした職場環境が改善しないのは、労組が放置してきた結果でもあると思っていた。

 浅田氏によると、労組には組合員を通じて職場の課題を把握して経営側に伝える仕組みがあり、長時間労働の是正に取り組むよう経営側に求め続けてきたという。そう説明したうえで、「こうした組合の活動を男性に理解してもらえておらず、不信感につながった」と反省の弁も口にした。

 会社は16年6月に男性を解雇したが、労災認定の翌月に撤回。男性は復職を目指して会社側と労働条件などの交渉を続けているが、支援はユニオンに任せている。

■労組、ヤマトでも機能せず

 「請求できるのなら請求しようという愛社精神の無い社員が続出している」

 4月28日午後、ヤマト運輸北海道内の支店長を集めた会議で、労組の道内の支部委員長が、未払い残業代の全社的な実態調査について「苦言」を呈した。

 委員長はさらに続けた。

 「組合は会社に『正しい遡及(そきゅう)支払い』をお願いしている。裏付けのない残業に残業代を支払う必要は一切ない。今後このようなこと(裏付けのない残業代の請求)が続くと、懲戒の対象となるので注意してほしい」

 親会社ヤマトホールディングス(HD)の山内雅喜社長が、約190億円の未払い残業代を計上した今年3月期の決算を記者会見で発表する数時間前のことだった。

 委員長の発言を後から聞いたある男性セールスドライバー(SD)はつぶやいた。「結局、労組は会社の味方なんだと思った」

 男性の働く営業所でもサービス残業が常態化していたが、早朝や夜間のサービス残業の記録が残っておらず、男性は請求を諦めたという。

 「多くのSDが記録がなくて請求の一部を諦めている。サービス残業が横行していた現場の実態を労組も把握していたはずだ。こうした不満をすくい取るはずの組織が、組合員を押さえつけてどうするのか」。男性は憤りを隠さない。

 ヤマトが2月に始めた調査を巡っては、支店長とSDの面談に労組関係者が同席したケースも一部の支店であった。その一方で、「要望を伝えても、全く労組が動いてくれない」というSDからの批判の声が朝日新聞に数多く寄せられている。

 「誰が会社にクレームのような重要情報を伝えてくれるのか。労働組合である」。「宅急便」の生みの親で、2代目社長の故小倉昌男氏は自著「経営学」の中で、労組が果たすべき役割をこう説いた。労組には「経営をチェックする機能がある」とその存在意義も強調した。だが、ヤマトの労組で今起きている現実は、小倉氏が評価し、信頼を寄せた労組像とはかけ離れているように映る。

 支部委員長の発言への見解や、未払い残業代の調査で労組が取り組んだことについて、ヤマト運輸労組に質問した。「いまは組織としてどこからの取材にも応じていないので、答えられない」との回答が返ってきた。

■残業実態把握に動く労組も

 一方で、働き方の改善に地道に取り組む労組もある。東京都立神経病院(東京都府中市)では、労使の代表が月に1度、「超勤(超過勤務)パトロール」をしている。残業の実態をつかむのがねらいだ。

 「お疲れさまです。日勤の人はいますか」

 6月22日午後6時。職場の労組の役員で、看護師歴35年超のベテランの清野(せいの)久美子さんが病院10階のナースステーションの扉を勢いよく開けた。経営側を代表して、看護担当科長の萬(よろず)由美子さんらも一緒だ。

 日勤の看護師は午前8時半から午後5時15分が定時勤務。パトロールを始めた午後6時に残っている日勤者はすでに45分ほど残業している。患者への処置の記録を書いたり、翌日の手術の準備をしたり……。残業している職員の氏名や居残りの理由を聞き、リストに記入しながら院内を回る。

 「きちんと超勤の申請をつけてね」「頑張って早く終わらせようね」。清野さんらが声をかけていく。

 新しい薬の知識やケアの方法を学ぶ時間を、労働時間とカウントできる場合があることを知らない看護師も多いという。

 神経放射線科や検査科など10階建ての院内を歩き回ること40分。この日は60人ほどの超勤者がいた。リストは翌日管理職に渡し、残業が正しく申告されているかを確認する。「定時に帰るのが理想だけど、少なくともサービス残業がないように、きちんと超勤を申告できる風土にしたい」と清野さん。神経病院の職員が加入する都庁職員労組衛生局支部によると、同病院では04年に労使で超勤パトロールを始めたという。労組の矢吹義則書記長は「長時間労働やサービス残業の実態を経営側も認識しなければならない」と、労使一体で取り組む意義を強調する。

 職場では死語になりかけているストライキを打って、長時間労働などの課題解決をめざす労組もある。

 個人で入れる労組、全国一般東京東部労組の多摩ミルク支部は昨年12月、計96時間のストライキを決行した。要求は「固定残業代制度の廃止」「冬のボーナスの支給」「65歳以降の雇用の実現」など10項目。すべて勝ち取れたわけではないが、組合員の佐々木義幸さん(45)は「ストの成果で働き方が大幅に改善された」と喜ぶ。

 佐々木さんは、乳製品などの運送を手がける多摩ミルクグループでトラック運転手として働く。最長で月200時間超の残業をしたこともあったが、残業代は「固定」の15万円。労働基準法の趣旨に反する賃金制度だとして14年に同僚2人と未払い残業代の支給を求めて提訴した。

 労組によると、スト決行前の労使交渉では進展がなかったが、会社は裁判の中で大きく譲歩。4月に和解が成立した。未払い残業代とみなせる程度の解決金を支払い、「固定」制度を廃止。基本給を大幅に上げ、手取りがほぼ減らないようにした。同労組の須田光照書記長は「ストを打たなければ、裁判でここまでの譲歩は引き出せなかったのではないか」と評価する。

 数年がかりで裁判や団体交渉をしてきた成果もあったという。運送ルートが繰り返し見直され、佐々木さんの長時間労働も少しずつ解消。今年5月の残業は10時間未満に減った。「子どもと過ごす時間ができたのが何よりうれしい」と佐々木さんは話す。(牧内昇平、千葉卓朗、贄川俊)

■組合員一人ひとりに向き合って

 同一労働同一賃金と残業時間の上限規制を2本柱とする政府の「働き方改革」の成否は、職場をよく知る労使の話し合いにかかっている。心配なのは、今の労働組合に経営側と渡り合い、働き手を守るだけの力があるのかどうかだ。

 働き手全体に占める組織率は2割弱に過ぎず、パート社員では1割にも満たない。伝家の宝刀とも言えるストライキの件数も激減した。職場や世の中に「労組は頼れない」という空気が漂ってはいないか。

 労組にはまず、長時間労働パワハラなどに苦しむ組合員一人ひとりに真剣に向き合うことを求めたい。過労死やパワハラを巡る事件で、企業内労組が被害者や遺族を支援している例は少ない。全国の労働基準監督署などに寄せられるパワハラや解雇などの労働相談の件数は高止まりが続くが、こうした相談は本来、職場の労組が耳を傾け、主体的に解決すべきものだ。

 組合員全体の賃金や雇用の確保に関心を払っても、働き手個人の悩みに深く寄り添う企業内労組は多くない。そうした姿勢を改めることから、「労組は頼れる」という期待感が生まれるのではないか。存在感を取り戻し、経営側との交渉力を高めるすべはほかにない。

牧内昇平、千葉卓朗、贄川俊

 

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