法的に見るドトール「休日119日固定」のマズさ (10/19)

法的に見るドトール「休日119日固定」のマズさ
https://toyokeizai.net/articles/-/308899
2019/10/19(土) 5:40配信東洋経済オンライン

法的に見るドトール「休日119日固定」のマズさ

〔写真〕「ドトールコーヒーショップ」などを展開するドトールコーヒーが、年間休日を119日固定に改定し波紋を呼んでいます(撮影:今井康一)

 ドトールコーヒーが祝休日数にかかわらず、会社の休日数を119日に固定化したことが、社内で労使の対立に発展しています。

「ドトールコーヒーショップ」などを展開するドトールコーヒー(東京都渋谷区)が今年から、「会社の休日」を暦の上での祝休日数に関わらず「年119日」に固定し、それ以上休みたければ有給休暇を使うよう社員に「奨励」していることがわかりました。(朝日新聞DIGITAL 2019/10/7)
今回の休日ルール変更に対して、会社側は法令に沿った手続きをとった旨を主張していますが、一方で、従業員側の受け止め方は穏やかなものではないようです。

「許せない」「どういうつもりなのか」。ある社員の職場ではそんな批判の声が多く出た。経営陣に再考を促そうと、社内で署名運動をするべきだと言い出す人までいた。(朝日新聞DIGITAL 2019/10/7)

■経緯は? 

 いったいなぜ、このようなことが起こってしまったのでしょうか。ドトールコーヒーに電話取材を申し込み、年間休日を119日固定に変更するに当たって社内でどのような手続きが行われたのかを質問し、広報より回答を得ることができました。

 得られた回答によると、ドトールコーヒー社内で行われた手順は次のとおりでした。

?役員会で就業規則の改定(休日数を119日に固定)を決定
?就業規則の改定について労働者代表の意見を聴取
?就業規則変更届に労働者代表の意見書を添えて所轄の労働基準監督署へ届出
?改定後の就業規則を社内に周知

 前ページのとおりであれば、確かに、労働基準法の定めに沿った就業規則改定の手順を踏んでおり、ドトールコーヒーの「法にのっとり適切に改正対応を行っている」という見解には正当性が認められそうです。

 ところが、続いて、「従業員1人ひとりから、就業規則変更を受け入れる旨の同意は得ましたか?」という質問をしたところ、雲行きが怪しくなりました。

■1人ひとりの同意が必要? 

 質問の背景には、労働契約法第9条があります。

【労働契約法第9条】
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

前ページのとおりであれば、確かに、労働基準法の定めに沿った就業規則改定の手順を踏んでおり、ドトールコーヒーの「法にのっとり適切に改正対応を行っている」という見解には正当性が認められそうです。

ところが、続いて、「従業員1人ひとりから、就業規則変更を受け入れる旨の同意は得ましたか?」という質問をしたところ、雲行きが怪しくなりました。

1人ひとりの同意が必要?
質問の背景には、労働契約法第9条があります。

【労働契約法第9条】
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法は、労働基準法ほど知名度はありませんが、労働契約は労使の対等な合意によって成立するものであるという考え方に基づき、使用者が一方的に労働条件を引き下げたり、労働契約を打ち切ったりすることから労働者を守ることを目的として2008(平成20)年3月1日から施行されている重要な法律です。

労働契約法は、労働者個人の権利を守るための法律なので、同法第9条の「合意」は、労働者代表との包括的な合意ではなく、労働者1人ひとりとの合意を意味しています。

すなわち、労働基準法だけを見ると、就業規則の変更は労働者代表の意見さえ聞けば会社がいかようにも変更できると読めてしまいます。ですが、労働者の権利を奪ったり、労働者の待遇を引き下げたりするような就業規則の改定を行う場合には、原則として、労働者は1人ひとりから個別同意を得る必要があるということです。

同社の広報担当者は、上述の「1人ひとりからの同意」の質問に対しては、「わかりかねます」という回答でした。

そこで、「(広報担当者)あなた自身は、会社から年間休日数を119日に固定することに対して、同意書にサインをするなど、何らかの個別同意をした記憶はありますか?」と問いかけたところ、「その記憶はない」ということでした。

広報担当者の方の回答と、冒頭で引用した朝日新聞社の取材に対する従業員の声を勘案すると、断定することまではできませんが、ドトールコーヒーが就業規則を変更して年間休日数を119日に固定することに対し、従業員1人ひとりからの同意までは得てはいかなったという可能性が高そうです。

ここから先は筆者の憶測ですが、同意を得なかった理由としては、2つの可能性が考えられます。

第1の可能性は、単純に労働契約法の存在を知らなかったことです。しかし、同社は、持株会社が「ドトール・日レスホールディングス」として東証1部に上場している大企業ですから、社内の関係者が誰も労働契約法を知らなかったということは現実的に考えにくいです。

労働契約法9条の「ただし書き」
第2の可能性は、労働契約法第9条の「ただし書き」にのっとり対応した可能性です。

前掲した労働契約法第9条の条文の末尾には「ただし、次条の場合は、この限りでない。」というただし書きがついています。「次条の場合」とありましたので、ここで、労働契約法第9条に続く、第10条の条文を紹介しておきます。

【労働契約法第10条】
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下略)

要約すると、「就業規則の不利益変更が、社会通念に照らして合理性がある場合は、労働者の個別同意を得ていなかったとしても、変更は合法になる」ということです。

ただし、何が「合理性がある場合」なのかということについては、明確な基準は無く、個別具体的な判断となります。

「何の前触れもなく給与体系が極端な成果主義になる」「退職金制度を突然廃止する」といった大幅な不利益変更であれば、労働者の個別同意を得ないで行った不利益変更は、「合理性がない」、すなわち、違法ということになるでしょう。

しかし、今回同社が行った「年間休日を数日減らす」というような小幅な変更の場合は、「人手不足のためやむをえなかった」など、会社が制度を変更した事情によっては、法的に「合理性がある」と判断される可能性も充分に考えられます。

これに対し、従業員側が「合理性がない」と考えたとしても、会社側にそのことを認めさせるには、最終的には裁判を行わなければなりません。そのこと自体ハードルが高いですし、仮に裁判に勝訴したとしても、得られるものは「数日の休日が復活する」ということのみなので、裁判に費やすエネルギーや弁護士費用のほうが高くついてしまいます。

そのため、労働者の同意を得ない就業規則の不利益変更について、生活基盤が破壊されるような大幅な不利益変更に対しては裁判などで戦うしかありませんが、一般的に小幅な不利益変更の場合は、現実的には「批判の声」や「署名活動」といった、法的強制力を伴わない抗議にとどまってしまいがちです。

労使の信頼関係を破壊する
一般論として考えても、会社側はこれ幸いとして「法的紛争に発展しなければ、多少の抗議の声など無視して問題ない」という姿勢を取ることは望ましくありません。

労働者の同意を得ず、あるいは、少なくとも理解を得るための努力をせずに、会社の上層部の判断だけで就業規則の不利益変更を決め、それを受け入れることを一方的に労働者に強要するようなスタンスは、労使の信頼関係を破壊してしまうからです。

その結果、退職者が続出したり、インターネットの掲示板に書き込まれて採用活動に影響が出たりなど、会社の人事戦略に大きな影響が出てしまうおそれがあります。今は人手不足の時代であり、とくに飲食業界は人手不足が著しいので、なおさら致命的です。

この点、ドトールコーヒーも認識しているようで、広報担当者との電話のやり取りの中でも、「社内で不満の声が出ているのは認識しているので、これから改めて、従業員には丁寧に説明をしていくつもり」との発言がありました。

就業規則の変更をどのように行うかは、まさに、会社の従業員に対するスタンスが反映される場面です。

どの会社においても、経営上何らかの事情があって、就業規則を不利益に変更しなければならない場面が生じる可能性はあります。そのとき、裁判で勝つ・負けるではなく、労使の信頼関係を第一に考え、変更内容の大小にかかわらず、変更することを決めた段階で、従業員に理由や背景を含めて説明を尽くし、原則としては全従業員の個別同意を得ることを目指すべきであると筆者は考えます。

結果的に全従業員の個別同意が得られなかったとしても、そのプロセスを踏んだ会社のスタンス自体を多くの従業員は評価し、法的紛争のリスク回避になるだけでなく、「不利益変更」というネガティブな環境変化も乗り越え、むしろ、労使の信頼関係の維持・強化にもつながっていくのではないでしょうか。
 

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