<働き方改革の死角>労働者代表なのに、なぜか社側が選出 裁量制、残業上限…会社の思うまま
東京新聞 2019年7月3日 朝刊
Aさんの勤める小売りチェーンが店長らに配布していた時間外労働に関する労使協定の作成指示書(赤線は本紙が加筆)
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働き方改革関連法が昨年六月末に成立してから一年が過ぎたにもかかわらず、改革推進の要の役割を果たす労働者代表制度が周知されず、骨抜きになっている実態が明らかになった。労働組合がない企業などで、社員らが自主的に代表者を選び、会社と残業上限などの協定締結や協議を行う制度。働き方改革で労働者代表の重要度は増しているが、会社側がお手盛りで選ぶ例が蔓延(まんえん)している。 (吉田通夫)
「労働者代表について知っていれば、辞めた人たちを守れたかも」。東京都内に本部を置く小売りチェーンに勤める四十代男性社員Aさんは悔やむ。
社長が権限を一手に握り、意見する幹部社員を怒鳴りつける。昨年は五人の部長が全員辞めた。Aさんら残った中堅社員がしわ寄せを受け、残業時間が増加。月間八十時間と過労死ラインに迫る同僚も。
「自衛しないと」。Aさんは危機感を強め、調べると、労働者代表が、極めてずさんな方法で選ばれていた実態が分かってきた。
労働者代表は、現場の社員を代表して残業上限や裁量労働制の導入などについて会社と協議して協定を結ぶ。社員の生活や健康を左右する重要な役割が課せられており、現場の実情を正確に反映させるために、社員が投票や挙手などで選ぶ決まり。四月からは「経営者が選んではならない」と法律に明記された。
だが、Aさんの会社は本部の労働者代表を長年、人事部が指名。各店舗の代表も店長自身が署名するよう指示し「従業員全員の挙手で選出した」と選出方法まであらかじめ用紙に印刷してあった。「社員のだれも手を挙げた覚えもないのに」。Aさんは驚いた。
「働きやすい職場を求める役割の労働者代表を会社が選んでいたため何も意見を言わず労働条件が悪化していた」と振り返る。Aさんらは労組を組織、正しい代表選びなどを求め会社と話し合いを始めた。
形骸化は多くの企業の共通の問題だ。都内の設計会社では経営側が選んだ労働者代表が、裁量労働制導入を認めていた。女性社員が過労で適応障害を発症。昨年九月、労働基準監督署は不正な代表による裁量制は無効と勧告した。
中小企業が集まる東京中小企業家同友会の四月のアンケートでは、三百四十五社の50・1%が「正しい選び方を知らない」と回答。労働政策研究・研修機構の一七年の調べでは少なくとも27・6%が、「会社による指名」など不正な手法で選んでいた。
労組がない企業が増え、労働者に占める組合加入者の割合が17%まで下がる中、労働者代表の役割は一段と重くなる。労働問題に詳しい塩見卓也弁護士は「政府は働き方改革と言いながら土台の労働者代表を周知徹底していない。高度プロフェッショナル制や裁量労働など過酷労働を招く懸念のある制度も社員が知らない間に導入される事態が増えかねない」と警鐘を鳴らしている。
<労働者代表> 労働者の過半数が加入する組合がない企業で、労働者を代表して労使協定などを結ぶ社員。別名「過半数代表」。残業上限を定める三六協定締結や、あらかじめ一定時間を働いたとみなす裁量労働制導入には労働者代表の同意した協定書を労基署に提出する決まり。協議事項は企業年金の条件変更(同意が必要)、就業規則の作成・変更(意見聴取が必要)など100を超える。パートも含めた労働者全体で選出。支店や工場があれば、各職場ごとに選ぶ。
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