「高学歴ワーキングプア」39歳独身男性の悲哀 (7/26)

「高学歴ワーキングプア」39歳独身男性の悲哀

2019/7/26(金) 5:40配信 東洋経済オンライン
 
「高学歴ワーキングプア」39歳独身男性の悲哀
 
〔写真〕一度失敗すると、再チャレンジする場がなくなると嘆くマコトさん。今は都内の大学の客員教授として月収15万円足らずの生活をおくっている(筆者撮影)https://rdsig.yahoo.co.jp/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9oZWFkbGluZXMueWFob28uY28uanAvYXJ0aWNsZT9hPTIwMTkwNzI2LTAwMjkzODIyLXRveW8tc29jaS52aWV3LTAwMA–;_ylt=A7dPJhqyQDpdFjMA8HA_RfB7
 
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
 
今回紹介するのは「大学教員になってしまったがためのキャリアの断絶もあり、再就職活動に悩んでいます」と編集部にメールをくれた、39歳の男性だ。
 
■席に着くなり、矢継ぎ早に話を始めた
 
 都内の有名私大を卒業後、大手銀行に就職したものの、双極性障害の父親のせいで退職に追い込まれたこと。最近まで、大阪の大学で専任講師をしていたが、母親の手術のため、東京に戻らざるをえなかったこと。「知的に遅れのある」兄の行く末が心配だということ。現在は都内の大学で客員教授をしており、月収は15万円足らずであること――。
 
 マコトさん(39歳、仮名)は喫茶店の席に着くなり、話を始めた。口が付けらないままのアイスティーのグラスが次第に汗ばんでいく。そしてこう言うと、ようやく一息ついた。
 
 「私のキャリアは家族のせいで失われました」
 
 珍しいな、と思った。本連載で話を聞かせてくれる人の多くは最初、口が重い。自分はどのように書かれるのか、取材を受けたことが周囲にばれるのではないか――。まずはそうした疑問や不安を口にした後、ようやくぽつりぽつりと自らの人生を語り始める。
 
 初対面の人間に自らの貧困について話すのだから、慎重になるのは当然のことだ。マコトさんのように、こちらが尋ねる前に、デリケートな家族関係にまで踏み込んだエピソードを、矢継ぎ早にしてくれる人は、多くはない。
 
 ただ、話を聞くにつれ、マコトさんの話には少なからず“ほころび”も見えてきた。
 
 新卒時は就職超氷河期時代。そんな中、希望通りの銀行に就職することができた。しかし、同じ頃、会社員だった父親の病状が悪化。突然、英語教室を開くと言ったり、選挙に出ると言い出した。実際に選挙に出馬、落選して供託金を没収されたという。
 
 双極性障害を患う人の躁状態は、同居する家族にも重い負担をかけるという。実家暮らしだったマコトさんはこのとき、父親の言動が家族に与えた影響について多くを語ろうとしない。ただ、「毎日毎日、狂った人の相手をするんですよ。心身ともに限界でした」。マコトさん自身、朝、突然、出勤できなくなるなど、勤怠に支障をきたすようになったという。
 
 「会社には『実家を出たいので寮に入れてほしい』と頼んだのですが、『この状況で仕事を続けるのは無理。まずは父親を入院させなさい』と言われました。だから、私は母に入院させようと言ったのに、世間体を気にする母は聞く耳を持ってくれませんでした」
 
 銀行では、PPPやPFIといった公民連携を進めるための投資業務に携わりたいと思っていたのに、異動で法人営業の担当になった。マコトさんに言わせると、その異動は家族のトラブルの影響を受けたものであり、また、その銀行ではいったん営業畑勤務になると、改めて投資部門に異動できる可能性は低い。結局、5年足らずで銀行を辞めた。
 
■前向きとは言えない転職が続いた
 
 その後、いくつかのシンクタンクなどに勤務。希望通り、地方自治体のコンサルティング業務や、アジア各国の公民連携事業に関わった。雇用形態は正規のことも、非正規のこともあったが、この間、働きながら大学院で経営学の修士号も取得。ただ、いずれも1年から5年で辞めている。それぞれの退職の経緯を、マコトさんは次のように説明する。
 
 「会社にとってよかれと思って大学院に行ったのに、社内にはよく思わない人もいたみたいでした。ちょうどリーマンショックの影響で会社の業績が悪化して、上司からは『君が辞めればいいんじゃないか』みたいなことを言われて……」
 
 「(アジア関連の仕事を任されたとき)航空券の手配や、現地での段取りがうまくいかないことがありました。周囲から『力不足』という評価を受けてしまい、次年度の更新は私から辞退しました」
 
 いずれにしても、前向きなステップアップのための転職とは言えないようだった。
 
 この後、霞が関官庁の非常勤職員に。それまで、かろうじて500万円前後をキープしてきた年収は、ここで一気に約200万円にダウンした。
 
 幸い、大阪の大学で任期付き専任講師のポストを見つけることができた。しかし、ここもマコトさんが思い描いていたような職場ではなかったという。
 
 着任時、学校側から「授業に出ない学生などは呼び出して説得してください。中学や高校の担任と同じだと思ってください」と言われ、耳を疑った。しかし、実際に一向に授業に出てこない学生や、試験でカンニングがばれた後も呼び出しに応じない学生は少なくなかった。そうした学生を捕まえるため、彼らが選択している授業の教室や、アルバイト先まで出向いて待ち伏せするという、およそ大学教員とは思えない仕事に忙殺された。
 
 「原因は、大学が学生を集めるため、合格水準に達していない学生まで入学させてしまったことです」とマコトさん。同僚との人間関係がうまくいかなかったことや、うつ病と診断されたこともあり、勤続3年目で、東京の実家へと戻った。1年前のことだ。
 
 あれ?  最初、母の手術のために仕事を辞めて東京に戻ったと言っていなかったか――。私がそう尋ねると、「タイミングがたまたま重なったんです」。
 
■目下の心配ごとは「兄の将来」と言うが…
 
 すでに父親は他界。実家では、母親と兄と同居している。今、マコトさんはこの兄の将来が心配でたまらないという。
 
 「兄は社会的なことが何もできない。『大人の発達障害』だと思うんです。仕事も、ハローワークで100社応募してやっと決まるという感じ。今のアルバイト先は月収20万円ですが、深夜まで働いても給料が変わらないようなブラック企業です。長く働き続けられるようなところじゃないんですよ。障害者手帳を取るべきだと思って、私が自治体に相談したりしてるのに、やっぱり母は協力的じゃない。家族は私の話を全然聞こうとしない」
 
 確かに、深夜手当を払わない悪質企業は許すべきではない。ただ、現時点の収入だけを比べたら、マコトさんよりも兄のほうが多いのも、また現実である。
 
 いずれにしても、現在の月収15万円では、マコトさん自身「どうしようもない」。大学の専任教員になりたいという夢はあるが、博士号がなければ難しいこともわかっている。そう思って、民間企業の転職サイトにも登録をしたが、早々にショックを受けた。
 
 「提案されるのが、中古車販売店の店長とか、警備員とか、チェーンの飲食店とか、工場内のクリーンルームでの作業とか――。そんな(自身の専門分野とは関係ない)仕事ばかりだったんです。長年、公民連携というテーマを持ってやってきたことを否定されたようで……。現実の厳しさに愕然としました」
 
 この後、大学での講義があるというマコトさんの予定に合わせ、取材を終えようとしたとき、マコトさんがこうつぶやいた。
 
 「川崎と練馬の事件以来、突然動悸がしたりして。あまり体調がよくありません」。
 
 「川崎と練馬の事件」とは、神奈川・川崎市で児童らが殺傷された事件と、東京・練馬区で父親が長男を刺し殺した事件のことだ。これらは、「中高年のひきこもり」が一気に注目を集めるきっかけともなった。
 
 「ひとごとじゃない。一度失敗すると、次は希望から外れた仕事しかなくなる。家族のために、私なりに考えてやってきたのに、うまくいかないことが重なって……。それなのに、(事件に対する)ネットのコメントを見てると、『努力が足りない』とか『甘えてる』とか、そんなのばかりで、つらい状況に対する理解や思いやりがないと感じます」
 
 マコトさんのキャリアのつまずきは、もしかすると「家族のせい」ばかりではないかもしれない。ただ、家族に問題があるなら、適切な距離を取るべきだったとか、転職先でもっと頑張るべきだったとか、“外野”が言っても、それは詮ないことだろう。
 
■再チャレンジ自体がままならない時代の課題
 
 何より、マコトさんが家族を心配する気持ちは本物だったし、しきりに「家族の問題」を持ち出すのは、マコトさん自身が誰よりも「自己責任」の呪縛にさいなまれていることの表れにも、私には見えた。
 
 話は少しずれるが、社会的ひきこもりの背景には、家族主義と儒教文化があるといわれる。子どもの面倒は親がみる、老いた親の面倒は子どもがみるといった家族観が、ひきこもりという状況を生み出すのだ、と。
 
 傾向として、日本と同じく中国や韓国などでも、ひきこもりが社会問題になっているのに対し、欧米では比較的少ないとされるのは、こうした価値観の違いがある。ただ、イギリスやアメリカなどで、若年層の問題がないかというと、そんなことはない。学校を卒業した後は、実家を離れるのが当たり前の社会では、会社などで不適合を起こした若者は「ヤングホームレス」になるしかない。
 
 ひきこもりか、ホームレスか――。どちらがよいとは簡単にはいえない話である。ただ、いったんつまずいた子どもが家族の元でやり直す機会を得ることができた日本の“システム”は決して悪いものではなかった。
 
 家族を見捨てられないマコトさん、ひきこもりの子を抱え込もうとする親。再チャレンジ自体がままならない時代、家族を思う気持ちがかえって足かせになっている。
 
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
 
藤田 和恵 :ジャーナリスト
 

この記事を書いた人