働き方・霞が関の非常識(1) 月100時間残業、活力奪う 長い国会待機で疲労/深夜まで答弁案作り (12/27)

働き方・霞が関の非常識(1) 月100時間残業、活力奪う 長い国会待機で疲労/深夜まで答弁案作り
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO53848870W9A221C1EE8000/
2019/12/27付日本経済新聞 朝刊

〔写真〕クリスマスの夜も明かりがともる厚労省(25日)

中央省庁は長時間勤務やハラスメントなどで現場の疲弊が目立ってきた。難関の国家公務員試験をくぐり抜けた先に待つ旧態依然とした働き方をみて、やる気をなくす若手も少なくない。人材という行政資源の浪費は日本の活力をそぎかねない。民間の働き方改革に逆行するようにも映る霞が関の「非常識」を点描する。

10月25日早朝の経済産業省。多くの職員が定時より3時間以上も早い午前6時ごろから出勤し、国会に備えて待機していた。この日は秘書が地元の選挙区で香典や物品を配ったと報じられた菅原一秀経産相(当時)が、国会審議で自らの疑惑を説明する予定だった。

経産相は公職選挙法違反の疑いを野党に厳しく追及されるのは避けられない情勢だった。菅原氏は25日朝に辞表を安倍晋三首相に渡し、辞任。国会審議は流れ、待機を解かれた。「うすうす感じていたが、やはり無駄足になったか」。職員はため息を漏らした。

一人ひとりが効率的に働き、生産性を高めることで人手不足や長時間労働を解消する働き方改革が進む。霞が関はその旗振り役でもあるはずだが、実態は非常識ともいえる長時間労働が残る。

代表的な例が「国会待機」だ。国会の会期中、役所の担当分野・法案について与野党の議員から審議での質問を聞きだし、閣僚らの答弁案をつくる。議員の質問通告は委員会を開く日の2日前の昼までが原則だが、大半は守られないという。

修正を重ねた大量の答弁案を印刷し、ホチキスでとじて、国会に自転車で届ける――。審議の前はこの作業が延々と深夜まで続く。残業時間が月に100時間を超える職員は珍しくない。

画像の拡大
国会で議員と実のある政策論議をするために準備は必要だ。ただ、旧来型のやり方をいつまでも続け、行政の現場を疲弊させていないか。

「若手が疲弊してどんどん辞めれば、組織の弱体化や国の政策立案機能の低下に直結する」。前医療政策企画官の千正康裕氏(44)は9月末、18年半務めた厚生労働省を辞めた。国会待機の弊害をこう指摘している。

千正氏は「顔の見える官僚」をモットーに現場へと顔を出し、その声を政策に反映させてきた。だが、多忙でうつ病を発症した。現場で知見を深めるべき若手が目の前の業務に忙殺され、余裕をなくす現状に危機感を抱く。働き方改革へ議員との対話を始めた。

国会待機を効率化できないのか。国会は衆参のルールで「新聞・書籍等(類)」を審議中に原則、閲読できない。タブレットはこの「等(類)」にあたり、許可なしに持ち込めない。

「タブレットを使えば自宅で答弁の文言を修正し、内部で共有できる。完成版をすぐに届けられ、深夜の待機をなくせる」と厚労省職員はいう。

参院の厚労委員会では原則、役所の職員らは担当の質疑を終えても「手洗い」以外の理由で質疑中に席を外せない。散会しない限り、次の仕事に取りかかれない。

働き方改革の声は役所からあがりにくい。役人は法案・政策を理解してもらうための「ご説明」や、審議の質問を聞き出す「問取り」で国会議員のもとに足しげく通う。議員もそれを当然だと考える。「効率化したいと声をあげれば、国会軽視だと議員に厳しく批判される」。経産省幹部は火に油を注ぐ問題提起はできないとあきらめ顔だ。

霞が関の残業時間は月平均100時間で、民間のおよそ7倍――。慶大大学院・岩本隆特任教授の調査(2018年)は霞が関の厳しい労働実態を明らかにした。精神疾患による休業者の比率は3倍、自殺者の比率は1.5倍、民間より高い。厚労省によれば、残業が月100時間超または2〜6カ月平均で月80時間を超えると健康障害のリスクが高まる。

国立大学の法人化(04年)や郵政公社の民営化(07年)で国家公務員の定員は見かけ上、大きく減った。さらに政府は20年度から5年間で1割を減らす計画で、仕事の負荷は高まる。岩本氏の調査は「霞が関の状況は改善されていない」と指摘し、こう警鐘を鳴らした。「職員の判断力や創造性の低下、人材の流出が危惧される」。日本の行政が足元で揺らいでいる。
 

この記事を書いた人