安倍政権が設けた産業競争力会議で、企業が一定の金銭を払って正社員を解雇できるよう法律で定めるかどうかが論点に浮上している。
雇用改革は「成長戦略」に関わるテーマとして、規制改革会議でも議論されている。産業競争力会議は具体的な方策や目標について、6月までに国内企業の強化策などとともに取りまとめる。
「解雇ルール」導入は、転職を後押しして衰退産業から成長産業に人材を移し、経済を活性化させるのが狙いという。
だが企業だけに都合がよく、働く人の安易な切り捨てにならないのか。雇用の流動化は、失業時の保障や職業訓練の充実、転職先という受け入れ態勢が整っていることが前提である。
小泉政権下の派遣労働の規制緩和はワーキングプアを大量に生み、労働者間の格差を広げる要因になった。解雇ルールも不安定雇用を増やすだけにならないか、強く懸念する。
競争力会議で議論されているのは、これまで雇用の「維持」を目的に企業に出していた雇用調整助成金を縮小し、代わりに再就職の支援金を払って人材の移動を促すことだ。支援金を条件に解雇を認めることを、労働契約法の改正で明記すべきだという意見がメンバーから出ている。
より自分に適した、やりがいのある業界に転職しやすい環境をつくることは大切である。ただそれは、解雇しやすいことが条件にはならない。
魅力的な産業であるなら、労働者は自ら希望してその業界に向かうはずだ。成長産業とされる介護業界で人手不足なのは、低賃金などの課題を抱えていることに原因がある。他の産業で解雇される人が増えるだけで問題解決できるわけではない。
正社員の解雇は、裁判によって、本当にやむを得ないのか、回避する努力を尽くしたかといった四つの条件が精査され、厳しく制限されてきた。一つの法律を改正しただけで、判例の積み重ねで根づいた社会規範を変えていいのか疑問である。
企業はこれまで、社員を解雇しにくい分、パートや派遣などの非正規労働者を採用することで景況に合わせ人手を調整してきた。今回の議論は、正社員を解雇できれば、それだけ新たな正社員を採用しやすいという理屈だが、経済の先行き不透明感がある限り、確実に増えるとは言えまい。
政府は雇用が流動化することで非正規労働を固定化させず、短時間勤務だったり、転勤がなかったりと多様な雇用形態の正社員が増えることを目指している。
非正規労働は働く人の3分の1を占めるようになり、狙いには理解できる点もある。だが企業が登用せず、既にいる正社員を短時間勤務の社員にするだけになれば、今度は社員間で格差が広がる。さらに解雇ルールが導入されれば不安定さは増す。
女性や高齢者の活用など競争力を高める上で欠かせない課題をなおざりにしたまま、解雇しやすさで成長戦略を議論しても展望は開けるだろうか。