記者の目: 格差社会の衆院選=野沢和弘(論説室)

毎日新聞 2014年12月05日 東京朝刊

衆院選スタート。候補者の演説に拍手を送る人たち=東京都新宿区で2014年12月2日、徳野仁子撮影(写真省略)

 ◇若者よ、選挙に行こう

 どのような仕組みで世の中が成り立っているのか分からないと、政治や選挙に関心を持てないかもしれない。たとえ自分が理不尽な状況に置かれていても、努力が足りない、運がないと思ってしまう。

 努力は大事だが、個人の努力だけではどうにもならないこともある。法律や税金の使い道を変え、理不尽な状況をなくす方法がある。たとえば選挙だ。世の中を変えるのは簡単ではないが、ほかに代わるべき方法もそうはない。

 「体調を崩し胃痛がひどくてご飯も食べられず栄養は点滴のみ!みたいな生活を送っていました」

 今年大学を卒業し保育施設で働いている女性(23)からメールが届いた。いきなり20人以上の5歳児クラスを1人で受け持った。親から怒鳴り込まれ、同僚との人間関係に神経を使い、発達障害の子の対応に悩む。朝から夜まで働いて月収は15万円程度。奨学金の返済で手元にはほとんど残らない。学生のころは勉強も福祉サークルの活動も熱心で、複数の保育所で実習し、それなりの情報も覚悟も持って選んだ就職先だった。

 安倍政権は保育の充実や女性の活用を看板に掲げるが、従業員をつぶすブラック企業のような現場も少なくない。

 それでも正社員はまだいい。派遣労働やパートなど非正規の仕事を掛け持ちでこなし、低賃金の長時間労働で体を壊す人は多い。いつ解雇されるかわからず、慣れない仕事の連続でキャリアを積むこともできない。国民年金と国民健康保険(国保)の保険料を個人で負担しなければならず、国保は扶養家族が多くなるほど負担が重くなる。これで結婚して子どもを育てろというのは無理な話だ。

 ◇母子世帯の半数、「相対的貧困」層

 日本のシングルマザーの就労率は先進国の中で最も高い。ところが、未成年の子がいる母子世帯の約半数は、国民の平均的な収入の半分に満たない「相対的貧困」層に属する。幼い子を預ける保育所がなければ、働くことすらできない。

 さらに悲惨なのは子どもだ。給食費が払えず修学旅行に行けない、進学もできない。貧困家庭の子には珍しくない。親が長時間労働を強いられているため日常の世話ができず、栄養不足や劣悪な衛生で心身の健康が危機に瀕(ひん)している子もいる。

 もしもあなたがそういう若者だとしたら、あるいはそうした若者が身近にいるのであれば、知ってほしい。日本は若い世代の福祉や教育に充てられる予算の率が極端に低い国であることを。税や保険料の多くは年金や医療・介護など高齢者に使われてきた。

 幼児教育から大学まで入学金も授業料もない国は多い。デンマークは親の仕送りやアルバイトもなく、政府の給付金で生活している学生が多い。卒業後も留学やボランティアをして別の大学に入ったりするため、職業に就く平均年齢は27〜28歳という。

 ただし負担は重い。消費税25%、車の取得税は約200%だ。最近は医療や高齢者福祉の効率化・削減も迫られており、週14時間以上ヘルパーが必要になると施設入所を勧められるという。隔離収容型ではなく地域での生活を基本とするノーマライゼーションの発祥国とは思えない、高齢者に厳しい政策である。

 ◇社会保障政策の改善へ重い1票

 誰がそのような政治を行っているのかといえば、王様や独裁者ではなく、国民が選挙で選んだ政治家なのである。デンマークも高齢化は進んでおり、年金や高齢者福祉を削減する政策は選挙では歓迎されないはずだ。しかし、「きちんと必要なことを説明すれば国民はわかってくれる」と担当相のクラウ氏に言われた。30歳の女性で、2人目の出産のため半年公務を休んだという。こういう政治家を大臣にする政府を選んだのも国民なのである。

 日本だってチャンスはある。子ども手当、給付型奨学金、非正規雇用への厚生年金の適用拡大、子育て新制度など、若い世代向けの社会保障政策が政治の場で議論され、その一部は実施されてきた。しかし、まだ不十分であることも事実だ。どうすればもっと改善できるのか、選挙こそ絶好の機会ではないか。

 各政党の公約を眺めても、似たような表現で有権者受けしそうなものが総花的に並べられているだけでよくわからないかもしれない。財源の裏付けがなければ絵に描いた餅に終わる。それでもあきらめずに関心を持ち続けていると、どの政党が本気で、どの候補者に期待できるのかぼんやりわかってくる。

 たかが1票ではあるが、みんなの1票で政治は選ばれるのだ。やっぱり選挙に行こうよ。

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