社説 【ハラスメント】禁止条約は批准してこそ
高知新聞 2019.06.27 08:00
職場での暴力と、セクハラやパワハラなどのハラスメントを全面的に禁止する条約が誕生した。
ハラスメントを巡る初の国際基準で、国際労働機関(ILO)の総会で圧倒的多数によって採択された。法律で禁止し、制裁を設けるなど踏み込んだ内容となっている。
分かりにくいのが日本政府の対応だ。総会で賛成票を投じながら批准には慎重な姿勢を見せている。深刻化するハラスメントの根絶へ、大きな一歩となるだけに批准に向けた検討を早急に始めるべきだ。
条約は暴力やハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的損害を引き起こす許容できない行為や慣行、脅威」と定義。禁止を法律で義務付けるほか、執行や監視の仕組みの確立、(民事的責任や刑事罰などの)制裁を求めている。
対象の範囲も労働者にとどまらず求職者や実習生、ボランティアなど幅広い。休憩中や通勤時間、メールでのやりとりなども含まれる。
性被害を告発する「♯MeToo」(「私も」の意味)運動に象徴されるように、反ハラスメントの共通認識は各国に広がっている。日本でも全国の労働局に寄せられる相談のうち、パワハラを含む職場の「いじめ・嫌がらせ」は年間7万件以上で最も多い。
働く弱者をどう守るかは、喫緊の課題と言える。それだけに、批准に消極的な政府の姿勢は不可解に映る。「対象が広すぎる」といった理由が挙げられているが、説得力に欠けよう。
日本でも企業にパワハラ防止を義務付けることなどを盛り込んだハラスメント規制法が、今国会で成立してはいる。しかし、規制法は「ハラスメントを行ってはならない」と理念を示してはいるものの、ILOの条約が求める直接的な禁止規定はない。「業務上適正な指導とパワハラとの境界があいまい」といった理由から罰則も見送られた。対象も、雇用関係にある労働者であることが前提となっている。
こうした規制で、増加するハラスメント被害を防げるのか。当初から実効性が懸念されていた。
今回の政府の対応は、ハラスメントを幅広く禁止し罰則も認める国際条約には賛成しておきながら、国内法ではそれらに慎重という「二重基準」となる。矛盾していると言われても仕方あるまい。
セクハラやパワハラなどによって尊厳を踏みにじられ、心身に深い傷を負い、離職や自殺にまで追い込まれるケースは少なくない。そうした悲劇を繰り返さないためには、国際基準に合わせる形で国内法を整備し、対策のレベルを引き上げる必要があるだろう。
ILOの条約は批准しない場合でも、加盟各国が国内の状況や批准できない理由を適宜、ILO事務局に報告する義務もある。
そうした機会も生かしてハラスメント対策の実効性を高めながら、条約批准の議論を急ぎたい。