大量の”隠れ専業主婦”と女性就業率向上のウソ
https://news.livedoor.com/article/detail/17133882/
2019年9月25日 11時15分 プレジデントオンライン
女性の就業者数が3000万人を超えたことがニュースになっている。15〜64歳の女性の就業率も伸び、先進国のなかでも高い水準に。しかしその中身を詳しくみてみると、その数字が見掛け倒しであると言わざるをえない――。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/tdub303)
■増えた女性就業者の8割が非正規
女性の就業者数が初めて3000万人を超えた(総務省「労働力調査」6月)。2012年12月の安倍政権誕生以来、約300万人増加し、男性も高齢者を中心に約100万人増加している。また、2018年の15〜64歳の女性の就業率は69.6%に達し、先進国でも高い水準になった。女性と高齢者を労働市場に呼び込み、経済活性化を狙う「一億総活躍推進」が奏功したようにも見える。
しかし、その内実は少し異なる。女性就業者数は増加基調にあるのに、総労働時間は2018年秋を境に減少に転じている(労働力調査)。その背景には、女性の就業者が300万人増えたといっても、そのうち週35時間未満のパート労働者が全体の8割以上を占めているからだ。つまり増えたのは正社員ではなく、圧倒的多数が非正規社員ということになる。
■増加する“隠れ専業主婦”とは?
もともと女性就業者に占める非正規の割合は高く、2018年も53.8%と全体の半数を占めている。この中には会社員の夫の扶養に入っている年収が130万円(社会保険料負担が発生)未満の女性も入っている。女性の非正規社員の3人に1人が夫の扶養に入るための就業調整をしているとの調査もある(2017年「就業構造基本調査」)。いわば“隠れ専業主婦”が増加していると見てもいいだろう。
専業主婦世帯と共働き世帯の比率は2000年までは拮抗(きっこう)していたが、以降は専業主婦世帯が減少に転じ、2018年は600万世帯、逆に共働き世帯は1219万世帯と増加傾向にある。実際の専業主婦世帯にはパートの主婦は含まれないが、専業主婦世帯からパートに転じる隠れ専業主婦も多いと推測できる。
■隠れ専業主婦が増える理由1:夫の収入減
なぜ隠れ専業主婦が増えているのか。その背景には夫の収入の減少がある。とくに子どもの教育費など出費も多い中高年世代の給与が下がっている。
「賃金構造基本統計調査」(厚労省)の一般労働者の「勤続年数階級による賃金カーブ」(所定内給与額、男性)を見ると明らかだ。「勤続0年」の給与水準を100とした場合の1995年と2016年の年齢ごとの比較では、20代前半から共に上がり続けるが、35〜39歳から賃金カーブの乖離(かいり)幅が大きくなる。40〜44歳になると1995年は200(2倍)に達し、さらに上昇し続けるが、2016年は45〜49歳になっても200を下回り、50〜54歳になってようやく200を超えるが、以降は下降していく。
22歳の大学卒の新卒初任給は約20万円であるが、95年は40歳を過ぎたあたりから40万円を超えて上昇するのに対し、2016年は50歳を超えないと40万円に達しないということになる。つまり全体的に40代以降の給与が以前より低下し、生活が苦しくなっている。
■配偶者手当をカットする企業も増加
その背景には65歳までの雇用延長が義務化されたことで高齢社員の人件費を捻出するために40代以降の賃金を削減したり、あるいは従業員の高年齢化に伴って管理職のポスト不足が顕在化し、昇進できなくなっているという事情もある。
加えて賃金制度改革による配偶者手当の削減である。1990年代後半以降の成果主義賃金への移行、年功型賃金から欧米流の職務給への移行に伴い、仕事と関係のない属人的手当が廃止される傾向にある。たとえば扶養手当は大企業であれば、配偶者(妻)2万円、子ども一人つき1万円程度を支払っているところも多かった。
最近では子ども手当については国の少子化対策もあって減らすところは少ないが、配偶者手当をなくす企業も増えている。手当が2万円減るだけでも家計には痛手だろう。
家計収入を補てんするために専業主婦をやめて働きに出ても生活が楽になるわけでもない。その多くが低賃金の非正規社員である以上、それほど収入増が望めないからだ。女性の非正規社員の平均年収はフルタイムであっても188万円(2018年)と200万円に満たない。短時間のパートであればもっと低くなる。
■隠れ専業主婦が増える理由2:正社員になりたくない人々
では正社員になればよいのではないかと思う人もいるだろう。もちろん単身者で正社員になりたいのになれない“不本意非正規”もいるだろうが、子どもを抱える非正規の女性の中には必ずしも正社員を望んでいる人ばかりではない。とくに小売業や飲食・接客業の人事担当者からは「正社員にならないかと誘っても、今よりも責任が重くなること、長時間働くことを嫌がる人が多い」という話をよく聞く。
長時間労働に関しては所定労働時間の8時間を過ぎても残業をしている正社員が多いのを見てそう思うのだと言う。労働時間に関して興味深いデータもある。
生協総合研究所が生協の組合員に実施した「2017年組合員モニター調査」(2019年5月)
http://ccij.jp/activity/pdf/bunseki_report_190904_01.pdf
では、ワークライフバランスの満足度を調べている。女性組合員の雇用形態別のワークライフバランスでは「満足している」人が「正規雇用」が26.9%、「扶養控除の枠(約130万円)を超えて働くパート・派遣など非正規」は「満足している」が35.0%となっている。満足度は非正規がやや高く、また正規雇用の56.1%が「今よりも生活にウエイトを置きたい」と答えている。
■8時間労働でワークライフバランスは難しい
現在の1日当たり労働時間別に見た満足度では、労働時間数が少ないほど満足度が高い。労働時間が4〜6時間の人の満足度は40〜50%前後であるが、7時間になると、30.2%、8時間は24.0%、9時間以上は18.6%と下がる傾向にある。つまり、一般的な正社員の労働時間の8時間ではワークライフバランスを維持するのは難しいということになる。
さらに現在の1日当たりの理想の労働時間は回答者全体では「4時間」(18.2%)が最も多く、続いて「5時間」(17.0%)が多かった。
このことから言えるのは、ワークライフバランスを保つには4〜5時間の労働時間が理想的ということだ。しかし、一般的な日本企業では最低でも1日8時間働かないと正社員にはなれない。4〜5時間では非正規での雇用しかなく、しかも報酬は極めて少ない。4〜5時間働いても子育てなどの家事は可能になるが、夫の収入を含めても生活水準は低くならざるをえないのが現状だ。
■30分単位で労働時間を選べる正社員制度が登場
給与は低いが、短時間の非正規社員に甘んじるしかない現状を変えていくにはどうすればよいのか。やはり「短時間正社員制度」を日本の企業社会に位置づけることである。出産・育児あるいは介護などのライフイベントで8時間労働が難しい人の選択肢として5〜6時間働く「正社員」として処遇も保障する。そして育児・介護を一定程度終えたら再びフルタイム勤務にスイッチできるような柔軟な運用が望ましい。そうなれば親の介護に悩む男性の介護離職も減るだろう。
たとえばクレディセゾンは2017年9月に「全社員共通人事制度」を導入。非正規社員全員を正社員にしただけではなく、従来の非正規の1日労働時間5.5〜7.5時間の働き方を全社員に適用した。これにより旧総合職社員も5.5〜7.5時間の範囲内で自分の1日の労働時間を30分単位で選択できるようにしている。こうした柔軟な働き方が広がると、働く意欲のある女性も増えるのではないか。
〔参考〕 https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP453979_U7A810C1000000/
女性就業者が3000万人を超え、女性就業率が欧米並みになったといっても、決して本当の女性活躍が進んでいるわけではない。働く女性が希望する選択肢が極めて乏しく、結果的に低賃金の女性就労者を増やしているにすぎない。見かけだけの数字に小躍りして喜ぶのではなく、より積極的に働きたい、あるいは自らのキャリアを高めたいという意識が持てるような働き方を提示していくべきだろう。
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)