テレワークの現状と財界の雇用戦略

テレワークの現状と財界の雇用戦略

兵庫県立大学 客員研究員      
大阪損保革新懇 世話人  松浦 章

コロナ禍で多くの大企業がテレワークを導入しています。政府や財界も昨年4月の第一次緊急事態宣言時には、7割の在宅勤務を目標に導入促進を呼びかけました。マスメディアでも、あらたな働き方としてテレワークを評価する報道が相次いでいます。それでは、テレワークは良いことばかりなのでしょうか。損害保険業界の現場からその内容を検証するとともに、コロナ禍を奇貨とした財界の雇用戦略について考えます。

テレワークの定義と分類
テレワークとは、情報通信技術(ICT = Information and Communication Technology)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことを言います。「tele = 離れた所」と「work = 働く」をあわせた造語です。
その分類としては、働く場所によって、自宅利用型テレワーク(在宅勤務)、モバイルワーク、施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務など)の3つに分けられます。

在宅勤務とは、自宅にいて、会社とはパソコンとインターネット、電話、ファクスで連絡をとる働き方を言います。
モバイルワークは、顧客先や移動中にパソコンや携帯電話を使う働き方です。サテライトオフィス勤務は、勤務先以外のオフィススペースでパソコンなどを利用した働き方ということです。
(一般社団法人日本テレワーク協会HPより)

なぜテレワーク導入に前のめりとなるのか
かつて日本経済新聞社がまとめた「社長100人アンケート」では、政府へ期待する「働き方革」について、1位の「裁量労働制の拡大」に次いで「テレワーク・在宅勤務の促進」が2位となっていました。
コロナで在宅勤務が推奨される以前から、財界・大企業ではすでにテレワークの導入がもくろまれていたのです。しかし、裁量労働制もテレワークも、〈労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間〉という「労働時間概念」を喪失させる危険性があります。在宅勤務の場合、企業がどのように労働時間を正確に把握するのかが大きな問題となります。

社長100人アンケート(2016年9月15日、日本経済新聞) 

 それでは、損保の現場の声を聞いてみましょう。

業務処理は大変
「T海上の営業推進部門で働いています。在宅勤務では、会社付与のノートパソコンやタブレット端末、または個人所有のパソコンを使い業務をします。多くの社員が一斉にテレワークを始めたため社外シンクライアント* はキャパオーバーとなり、休憩中や社外シンクラを使わない時間(Web会議中など)はこまめにログオフするように指示が入りました。テレワーク推進を言いながらこういう事態までは想定していなかったようです」
* シンクライアント(Thin client)の「シン(Thin)」は「薄い、少ない」という意味で、ユーザーが使用する端末(クライアント)の機能を最小限にし多くの処理をサーバーで行うシステムをいう

「M海上で自賠責保険の保険金支払いを担当しています。自賠責保険の事故処理は書類も原本提出が基本です。その書類を持ち帰ることは個人情報の観点からも許されません。すべてシンクライアントPCにPDFで送信されてきます。会社配備のシンクラPCは1つしかありませんので、そこに5~6画面を立ち上げて仕事をします。印刷を自宅ですることは厳禁のため、複数の画面を何度も切り替えてチェックしています。相談者(契約者や被害者)には会社配備の携帯電話で連絡をします。書類を確認しないと答えられない質問をされた場合は『次の出社はあさってになるため、また確認して電話します』と説明せざるを得ません。相談者に寄り添うことができず心苦しい毎日です。コロナ禍なのでやむなく了解はしてくれますが、これで本来のニーズに応えられているのか、被害者救済になっているのか、はなはだ疑問です」

出社日は残業
「週1回の出社日はいつもより早く出社し、感染リスクにおびえながら通勤電車に乗り、たまった業務とあわせて在宅勤務メンバーの代行、電話応対、郵送書類の処理等で大忙しです。会社でできることは完了させておきたい気持ちも強くどうしても残業になります。出社しないとできない業務はまだまだ多く残っています。出社メンバーは席を離して座るように、またランチタイムもおしゃべりを控えなるべく自席で済ますようにとの指示で、一言の会話もなくとても孤独を感じます」

「テレワークを3日、4日したあとに出社すると書類が山積みです。出社時は満員電車での通勤リスクを軽減するため、時差出勤が組まれています。①8時から4時、②9時から5時、③10時から6時、という形態です。朝8時の出社では間に合わず、7時には出社し、夜7時まで残業。電話以外職場の仲間と一言も話さずに仕事に没頭してもこなせません。会社はテレワークでできる業務を増やそうとしていますが、やはり出社しないとできない業務が多いのが実情です」

オン・オフの切り替えが難しい
「オン・オフの切り替えが難しい。特に自宅はやはり生活の場です。そこへ仕事を持ち込むことは家族にも影響があります。テレワークで通勤時間がなくなり大変助かっていると話すミセスもいますし活用できるところは活用すれば良いと思います。が、公私の区分があいまいになり、健康上、精神面での懸念も多く残されています」

「これまで以上に勤務時間と私的時間の境界があいまいになり、サービス残業が増えることが危惧されます。会社の勤務時間管理は社外シンクラが接続している時間だけです。しかし、社外シンクラに接続しなくても保険契約内容照会や保険料試算はできます。さらに、通達やメールを見たり研修を受けたりすることは、いつでもどこでもできます。業務量が多くなれば『際限なく自宅で仕事』となりかねません。何せ『裁量労働制』をはじめとした『みなし労働時間制』をいち早く導入し、長時間労働とサービス残業の隠れ蓑としてきた業界です。油断はできません。会社には労働時間を正確に把握するよう求めたいと思っています」

日本経団連の現状認識
日本経団連は、2020年春のテレワークでは十分な準備のないまま実施されたケースが多かったため、業務効率や生産性の向上につながった否かについては評価が分かれたと言います。
業務効率や生産性が向上したという企業は20%で、その理由は次のようになっています。
①通勤時間削減による従業員負荷の削減
②打合せ・会議の効率化
③ 移動・出張時間の削減
一方、業務効率や生産性が低下したという企業は27%で、その理由は以下のとおりです。
①不十分なテレワーク環境による遂行困難な業務の存在
②従業員同士のコミュニケーションの困難性
③部下の業務の進捗管理の困難性
そのうえで、「いずれにしても、生産性の維持・向上を図る観点から、各職場において最適なルールを策定することが望ましい」と述べています。
(『2021年度経営労働政策特別委員会報告』より)

大手損保にとってはコロナ対策より「生産性」?
こうした現状からか、第二次緊急事態宣言下でのテレワーク実施率は昨年4月に比べ低下傾向にあったようです。西村大臣は2月17日の記者会見で、テレワークが進まない理由として「社内ルール」や「機材が整わない」などが挙げられていると指摘したうえで、「そんな言い訳は通じない世界だ」と企業に厳しい口調で対応を迫りました。
その結果損保でも、テレワーク率の水増しを図っていると疑われかねないやり方がまかり通っています。出勤して会議室で仕事をする(損保ジャパン)、
自宅で1時間テレワークを行ったあと出社し仕事を行う(三井住友海上)等々です。これらもテレワークだと言うのでしょうが、コロナ対策であれば、在宅勤務でなければまったく意味がないことになります。日本経団連が言うように、損保会社にとっても「生産性の維持・向上」が錦の御旗なのでしょう。

コロナ禍を奇貨とした労働法制改悪
日本経団連はコロナ禍のテレワークを絶好のチャンスとして、労働法制の改悪に乗り出そうとしています。考えているのは「事業場外労働制」と「企画業務型裁量労働制」の拡大です。どちらも「みなし労働時間制度」の1つであり、いくら長時間働いても、一定の時間しか労働時間とみなさない制度です。これらは損保業界でいち早く導入され、長時間労働とサービス残業の要因となってきました。
例えば「事業場外労働制」は「事業場外で業務に従事した場合、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものと」(労基法第38条の2)みなすものです。しかしテレワークの場合、勤務場所がはっきりしており、かつ、いつでも連絡がとれる状況にあることから、本制度に該当するとは到底考えられません。
こうした火事場泥棒的なやり方を許してはなりません。

この記事を書いた人

松浦章